樫の木の恋(上)




「いい機会じゃと思う。」

「何が…です?」

嫌な予感が頭をよぎる。秀吉殿がこれから口にするかもしれない言葉を聞きたくなかった。

「私について横山城に行く面々から半兵衛を外してもらった。元々半兵衛は優秀じゃから大殿が直臣に欲しがっていた。大殿の元で色々と学べ。」

目の前が真っ暗になってしまう程、絶望に包まれる。

「嫌にございます!!それがしは秀吉殿の元がいいのです!それがしは秀吉殿が好きなのです!」

秀吉殿は小さくため息をつき、そしてふんわりと笑った。

「半兵衛。もう決まったことじゃ。それに離れていれば、すぐに忘れられる。」

そういう秀吉殿を抱き締める。捕まえておかないとどこかに行ってしまう。

「それがしは…秀吉殿を忘れられるなど、出来ませぬ。」

「離せ半兵衛。そう思うのは今だけじゃ。」

「それがしは秀吉殿を守りたいのです。そのためなら死んでも構いませぬ。」

秀吉殿は腕で体を静かに離し、首を横に振る。どこまでも優しく、どこまでも切なく秀吉殿は笑った。

「半兵衛程優秀な武士が私を守って死ぬなどあってはならん。それにわしに仕えるよりも大殿に仕えた方が出世も出来る。」

そう言って振り払うように居間を出ていってしまった。