嫌な雰囲気に体が包まれ、この部屋から逃げ出したい衝動にかられる程だった。
「のぉ半兵衛。一つ言うことがある。」
「なんです?改まって。」
神妙な面持ちの秀吉殿は、せつなげでもあり不安気でもあった。
「半兵衛に好きだと言われ、正直嬉しくはある。しかし大殿との関係もある。半兵衛の気持ちに今の私では答えられないのが実情じゃ。」
秀吉殿のその申し出に思わず息を飲む。分かっていた事だし、秀吉殿が上にのし上がるためには大殿との縁は切りたくはないのだろう。
それに大殿への恩義もある秀吉殿には、大殿を嫌いになれる訳もなく、大殿との関係を断ることなど出来ない。
「半兵衛には幸せになってもらいたい。」
そう静かに真っ直ぐこちらを見つめながら言う秀吉殿はどこまでも真剣で、壊れてしまいそうだった。
「普通の女子と結婚…した方が半兵衛のためじゃと思う。」
「なっ…!それがしは…」
秀吉殿が冷たく距離を置くのとは違い、少しだけ遠く感じたのはこのせいなのだと悟った。
「私は武士で、偉くもなった。その分死ぬ可能性も高かろう。暗殺、討ち死に可能性を上げればきりがない。半兵衛には普通の生き死にが近くない女子と結ばれてほしいのじゃ。」
この間女中と話した後、秀吉殿が何故あんなことを言ったのかが分かった。
恐らく徳川殿の言葉に悩んだのだろう。徳川殿の言葉を重く受け止めてしまったのだろう。
「それがしは…」

