樫の木の恋(上)



前面を拭き終わり背中の方へと回ると、驚きの光景に目を見張った。

「あまり…見るな…。」

背中には無数の傷があったのだった。切傷もあるが、鞭のようなもので打たれた傷などもあった。
しかしどれも昔のもので全て治っている。

「半兵衛…拭いてくれぬか。その傷は昔のじゃ。もう痛くはない。」

木下殿の言葉に我に返り、水で濡らした手拭いで背中を拭いていく。
古傷のことを話したくなさそうな雰囲気に、なにも聞かず黙っていることにした。しかしその無数の傷が目に焼き付いて離れない。

傷口の周りを綺麗に拭くと、今回切られた傷口の深さが良く分かる。
結構がっつり切られてしまっている事に、罪悪感が増していた。

「木下殿…本当にありがとうございました。それがしを守ってくれて…。」

「……配下が危ないなら、守ってやるのは当然じゃ。」

「木下殿はお優しい。」

「ふんっ。さっさと拭いてくれ。」

傷口と背中を拭き終わり、動かない右腕を拭いていく。
改めて木下殿が女子なのだと感じていた。体一つ一つが自分よりも小さく華奢なのだ。

それなのに、このような小さな体にあのような痛ましい傷を負わせてしまったことと、謎の無数の傷を思うと心が痛む。