「大殿は秀吉の事となると独占欲が強い。この間の飲みの席など大殿が嫉妬しただけではないか。」

明智殿がその時の状況を思い出したのか、にやにやとしながらこちらを見てくる。

「それにしても秀吉に顎を持ち上げられながら、口付けをされた感触はどうじゃった?」

「…別に…。」

「あれが羨ましくてのぉ。秀吉にやってくれと言ってもやってくれんのじゃ。」

わざとらしくため息をつく明智殿。
あの時の事を思い出すと少し体が熱くなる。
あのように木下殿が男のように口付けをされて。

「まぁ何にせよ。秀吉の心は結局大殿にあるということだな。」

そんなこと分かってはいることだった。
そしてそれが何より辛かった。






「一つ問題がある。」

しばらく上洛をしてからあまり重鎮達全員が集まることなどなかった。しかし今日久々に重鎮全員が集められ、大殿が厳しい顔をしながら告げた。

「我らがわざわざ持ち上げてやった足利義昭公なのだが、不穏な噂を聞いてな。秀吉に調べさせた結果、他の大名家に密書が送られている事が分かった。」

「密書…でございますか。」

柴田殿が神妙な面持ちで聞き返す。
それにしても木下殿が五日程会わないと思っていたら、義昭殿の元へと行っていたとは。
前なら話してくれたというのに、話してさえもくれないのか。

「ああ。織田家に対する不満と上洛して潰してくれと言う内容だ。」

「なんと!織田家への恩も忘れそのような…。」

柴田殿が怒りをあらわにし、他の方々も驚きざわめいていた。

「それがしが調査した結果、その密書に答えた家がありました。……朝倉家です。」

「なんと!また厄介な…。」

柴田殿が思わずこぼす。朝倉家といえば、明智殿がいた家で前に義昭殿を匿っていたところ。
しかしその時は上洛するのに消極的だったというのに。

柴田殿が厄介と言ったのには訳があった。
朝倉家といえば、古くから浅井家と同盟を組んでいる。
しかしその浅井家とは織田家も大殿の妹、お市の方を浅井長政の嫁として出してまで同盟を結んでいる。

「織田家は朝倉家を潰す。」

静かに、冷徹に言い放ったその言葉に皆驚いた。

「浅井家の方はどうするので?」

「浅井家当主の浅井長政はわしの義弟じゃ。大丈夫じゃ。もう既に徳川家へ使いを出し、家康殿に援軍を頼んである。皆の者戦じゃ。」

有無を言わせぬ大殿の威圧感に、口を出さず命令に従い戦に向けて動いた。

徳川の兵は二日後に合流し、朝倉家討伐のため越前へと向かっていた。