樫の木の恋(上)


前田殿が諦めかけていると後ろから柴田殿が大きな声で話しかけてきた。

「秀吉!お前は浮いた話が一切聞かん!本当に女子が好きかここで証明してみせい。」

「なっ!柴田殿まで!」

「そうじゃなぁ。その女子に今この場で口付けをしてみせい。そうしたら信じてやろう。」

筆頭家老の命令に周りもやんややんやと囃し立てる。木下殿はしばらく反抗してみたものの、周りの圧力に負け仕方なく女中と向き合った。

「あぁ勿論。すぐに唇を離してしまっては駄目じゃからな。しっかりと熱烈にやるんじゃぞ。」

にやにやしながら柴田殿が木下殿に釘を刺す。恐らく触れる程度で終わらせようと考えていたのだろう。少し落胆の色を見せながらため息をついた。

相反して女中の方は期待に満ちた顔をしていた。木下殿を手に入れたと言わんばかりのその顔に、周りの女中達が怖い視線を送る。

ようやく木下殿が動き出し、女中の肩に手をかける。

「目を瞑ってくれ。」

そう冷静にいいながら、さながら男のように女中の顎を手で持ち上げ優しく女中に口付けをした。

柴田殿に釘を刺されたからか木下殿は少し激しく女中と口付けを交わしていた。

熱い口付けを交わしている木下殿に、周りがやんやと囃し立てる。端から見れば、格好いい男が女子に口付けをしているようにしか見えない。

「……これで構わないですか?」

優しく爽やかさを持って笑顔を柴田殿に向ける。
女中は少し夢うつつといった感じで、木下殿の袖をつかんでいる。

「ははっ!女子が夢うつつになっておるではないか。それにしても秀吉は案外熱い口付けをするもんだなぁ!なんだかこちらまで恥ずかしくなってきたわ。」

「あはは!柴田殿がやれと言ったんじゃないですか!」

「この格好いい者が多い織田家の中でも屈指の色男。口付け一つで、女子を虜にしてしまうとはなぁ。それならば結婚する相手などすぐ見つかるというのに何故結婚しないのじゃ?」

結局この話題に戻ってきてしまう。木下殿は女子と疑われぬよう口付けまでして頑張ったというのに。

「あっ半兵衛と今共に住んでおるんじゃろう?ならば半兵衛が嫁ということか!」

大笑いをしながら前田殿が口にする。

「あはは!前田殿は相変わらず面白い冗談を言いますなぁ!しかし、半兵衛が嫁か…。悪くないな。尽くしてくれそうじゃし。のう半兵衛?」

冗談とはいえ少しばかり心臓に悪い。
しかし木下殿は物凄く普通でいて、やはりこのお方は男を貫き通す信念がかいまみえる。
それを自分が崩すわけにはいかなかった。

「そうですねぇ。木下殿でしたら男でも惚れてしまいますからね。とりあえずそれがしは料理でも覚えてみますかね。」