「わ、分かりました!」

いきなり隣の部屋で待っていると木下殿の大きな声が聞こえた。そしてその後先程まで内容は聞こえないにしてもぼそぼそと聞こえていた話し声が一切無くなった。

思わず不安になった、うるさがられるのを承知で声をかけてみた。

「木下殿!大丈夫でしょうか?大きな声が聞こえたもので…。」

すると返ってきた声は木下殿ではなく、明智殿が少々半笑いしながら入っていいと返答が来た。

「だ、駄目じゃ!入るな半兵衛!」

しかし間髪いれずに聞こえてきた木下殿の声に襖にかかった手を止める。しかし、もう半分まで開けてしまっていた。



そこには木下殿が明智殿に抱き締められ口付けしているのが見えたのだった。




明智殿の家から帰る間お互い無言で歩いていた。重苦しい空気はどこまでも重く、途中にたまたま会った前田殿が心配するほどだった。

家につき、居間まで行く間の廊下で思わず木下殿を後ろから抱き締めた。
このまま引き留めないでいたら、きっと木下殿は無言のまま部屋に籠ってしまうだろう。

「半兵衛…。」

「木下殿。明智殿に何て言われたんです?」

木下殿の事を考えたら、木下殿が喜んで口付けをしたとは考えられない。ましてや明智殿に敵意さえ出していたのに。
確実に脅されたのだろう。

「……話さねばならんか?」

抱き締めているというのに、いつものように冷静沈着な木下殿に少し焦りを感じる。

「話さないのであれば、それがしは明智殿を問いただします。」

「そうか…。話しても良いが、半兵衛は嫌な話しだと思うぞ。聞かぬほうが良いかもしれん。」

体を自分に預け、静かにそう諭す木下殿。しかし知らないでいるほうがもっと嫌だった。

「構いません。」

答えが分かっていたのか、少し諦めが混じったため息を木下殿はついた。

「明智殿が黙っているには条件がある。」

「どのような?」

「一日一度明智殿と口付けをするというものだ。」

「………!あの男!」

腸が煮えくり返りそうな程の怒りが込み上げてくる。やはり木下殿に脅しをかけていた。そんな怒りで我を忘れそうな自分の手に木下殿は手を重ねる。

「ふふっ半兵衛。そう怒るな。」

ふと気がつくと先程までの重苦しい空気はそこには無かった。木下殿は嬉しそうに笑っていた。