「木下殿!木下殿!どうされたのです!?」
固まっていた木下殿はようやく問い掛けに気付き、我に変える。
「……すまぬ半兵衛。いやなに、何でもない。」
「何でもない訳無いでしょう?」
「先に帰っていてはくれぬか。少し大殿に話がある。帰ったら半兵衛にも話そう。」
そう言って踵を返し、大殿のいる部屋へと木下殿は行ってしまった。
明智殿が何を耳打ちしたというのだ。男でいるときは冷静沈着な木下殿があれだけ狼狽えるような事…とは一体何なのだろう。
しかし今日は話してくれると言っていた。
信じて待っていようと思い岐阜城を出て家へと帰っていった。
しばらく居間で待っていると木下殿が帰ってきた。
少しほっとしていた。もし、このまま待っていても木下殿が帰ってこなかったとしたら。
「明智殿は忍びに頼んだのだろう。織田家の事を信用出来るか調べていたらしい。それで、その時…私と大殿が二人きりで会って……口付けをしているところを見たらしい。」
思わず口付けというところに息を飲む。分かっていたことではあるが、直に聞いたことがあるわけではないのでいざ聞くと抵抗がある。
しかしそれどころではなかった。
「それで私の家を張っていたら、私が女だと知ったそうだ。忍びの方は仕事上口が固い。そちらは大丈夫にしても明智殿が他の家臣に言わないとも限らない。」
他の家臣に話されてしまったら、最悪木下殿は城にいられなくなる可能性もある。
いくら大殿が擁護しようともやはりまだ木下殿の位は低い。せめて家老くらいになってから周りに明かさねば批判の的となってしまうだろう。
「大殿に話したが、大丈夫だの一点張りでな。」
「何か手を打ちますか?」
「明智殿の所へ話しに行こうかと思う。」
やはりそうなるか。
しかし明智殿は少し危険な匂いのするお方。少々木下殿の身を案じてしまう。
「それがしもお供してはいけませぬか?」
そう一言に木下殿は下を向いて悩んでいた顔を上げる。
「しかし半兵衛には関係のないことじゃ…」
「あのお方は少し危ない気がします。一人で行かれるよりいいかと思います。」
そう押しきって二人で明智殿の家へと赴いたのだった。

