あれからというもの、ああ言ったにも関わらず木下殿との関係は進展が見られないでいた。
と、言うよりも大殿が手を回したのだろう。
忙しいうえに同じ家に住んでいるというのに、すれ違いばかりだった。
変わったことといえば木下殿は部将に昇進し、下の名前を秀吉と改名した。
城も清洲から稲葉山へと移し、稲葉山城を岐阜場に改名したくらいか。
その際引っ越しをし、自分の家を持てると言われたのだが、木下殿を押しきり一緒に住めるよう手を回した。
木下殿は2万の兵で18城落としたり、様々な方を織田家へと寝返らせたりと輝かしい功績を残していた。
可愛らしいお顔をしながら、なかなかに度胸があり策略家な木下殿。
だからか木下殿の下で手伝っていると、とても勉強になる。
そんな半年だった。
しかし一月程前にとんでもないことが起こったのだ。
将軍、足利義輝が暗殺されたのだ。
噂によれば松永久秀が手を回したのだとか。
その後すぐに弟の義昭は朝倉家に身を寄せたのだとか。
しかしそれが原因で今、織田家ではある事が起こっていた。
「明智光秀殿という方が、義昭殿を土産に織田家に寝返ったようじゃ。しかし何年も仕えた朝倉家をあっさり裏切るあたり、少し気を付けねばならんな。何故大殿はあのような方を…」
木下殿は織田家を心配して顔をしかめている。
義昭殿は、なかなか上洛しない朝倉家に痺れを切らし織田家に上洛させ足利家を復興してはくれぬかと言ってきていた。
朝倉家臣で、大殿の正室である濃姫が親戚にあたる明智殿はそれを頼りに大殿に会いに来たのだった。
「ほう?そちが秀吉…かな?あまり余を良く思っていないようじゃが、よろしく頼むな。」
不意に影から現れた明智殿に木下殿は酷く驚いていた。
木下殿ほどの手練れとなるとあまり人に背後を取られた事がないのだろう。驚いて思わず刀の柄に手をかけそうになっていた。
しかし明智殿を見て気を取り直す。
「明智殿ではありませぬか。これからよろしく頼みまする。」
木下殿は満面の笑みを文字通り顔に貼り付ける。
「先程大広間でお会いした際は美青年で冷たそうな男子という印象を受けたが、今はなんだか女子のようじゃな。」
明智殿の感想に木下殿は思わず息をつまらせる。しかしすぐにいつも通りになり、適当に返事をしていた。
その後自分を紹介したり、雑談を交わした。
しかし明智殿は去り際に木下殿の耳元に顔を寄せ何かを呟いた。
それを聞いた木下殿は驚きしばらく動けないでいた。

