「木下殿…。」
口に出しながら木下殿の近くへと座り、木下殿を正面に捉えながら話しかける。
「木下殿。それがしは木下殿と大殿の関係を前々から知っております。大殿に初めてお会いしたその日に木下殿と大殿が二人きりで会っている所を盗み聞きしてしまいました。」
「えっ…!?」
本当に驚いたのか固まったままの木下殿を見ながら話を続ける。
「その時の二人の様子から察するに、昨日は大殿と男女の関係になっていたのでしょう?」
「そ…れは違う…!」
木下殿に近づき、ゆっくりと強く抱き締める。大殿の顔がちらついてしまうが、昨日腕を離してから帰ってこなかったことが嫌で抱き締める腕が強くなる。
「もう…それは仕方の無いことです。それがしには二人を止められる権利など無いのですから。」
寂しげに言うと木下殿は反論を諦めたのか、大人しくなる。大殿にこんなところ見られてら首が飛んでしまってもおかしくないな。
そう思いながら木下殿から体を離し、木下殿のおでこに自分のおでこをつける。真っ直ぐに目を見つめると木下殿は顔を赤くするが、自分の真剣な空気に目をそらさず聞いてくれる。
「しかし、それがしには木下殿を諦められないのです。阿呆だと思われるやもしれませんが、木下殿と供に居たいのです。好き…なんです。」
勢いに駆られ、思わずそこまで言う。自分の顔が赤くなっている事は分かっていたが、顔を反らしたくなくて木下殿を離したくなくて我慢していた。
顔の赤い木下殿はそれでも申し訳無さそうな顔をして、目を伏せる。
「その…半兵衛の気持ちには…」
「いいんですよ。分かっていますから。」
木下殿はきっと自分の好意を断ろうとしたのだろう。しかしそれを聞きたくなくて、まだ諦めたくなくて反射的に遮った。
「木下殿が大殿の事が好きなことくらい心得ています。それがしが言いたいのは、それでも木下殿を振り向かせますからと言っているのです。」
そんなこと考えてもみなかったのだろう。驚いた木下殿はずっとこちらを見てくる。
「だから木下殿を振り向かせるために、それがしは頑張ります。なので、これもその一つです。」
そう言って、優しく木下殿の唇に口付けをした。思っていた通り柔らかくて、少し甘くて切ない味がした。
これは大殿に対する宣戦布告の意味も成す。
当初思っていたよりも波乱を含んだ恋は少しずつ動き出しているように思えた。

