いつの間に居間で卓袱台に突っ伏し寝てしまっていた。
ぴんと空気が冷えていて、空も明るみ始めていた。
しかしまだ木下殿は帰ってはいなかった。
井戸で顔を洗い、日課の素振りを黙々とやっていた。今は何かしらしていないと怒りと悔しさで身が焦げてしまいそうなのだ。
木下殿は自分に早く帰ると言っていたのに、それをそのまま期待してしまった自分が悔しい。
日課である鍛練が終わり、暑くなったため着物の袖から腕を抜く。井戸から水を汲み、濡らした手拭いで体を拭いていると玄関の方で動きがあった。
上半身を拭きながら居間の方を見ると、木下殿がいた。
「お帰りなさいませ。」
出来るだけ自然に見えるよう気を付けながら言葉をかける。しかし木下殿は予期していなかったのか、驚きながら庭へと振り向いた。
「は、半兵衛起きておったのか!」
「先程起きたばかりです。木下殿が帰ってくるのを待っておりましたら居間で寝てしまいまして。先程起きて朝の鍛練をしておりました。」
「……悪い事をしたのぉ。」
少し目を伏せながら、待たせてしまった事を詫びる。
だがそれだけではないのだろう。自分の事を好いてくれる男に対して昨夜大殿とずっといた事を後ろめたく思っているのだろう。
そんな気がしていた。
汲んだ水を撒いてから、居間へと着物を着ながら戻る。
木下殿は何故か正座をしながらお茶を飲んでいた。
「半兵衛もお茶いるか?」
少し緊張気味に問いかける木下殿に首を縦に振る。
少し不思議に思ったが、考えてみれば当然の事。きっと自分から来るであろう質問を恐れているのだ。
座って木下殿から頂いたお茶を飲みながら、お互い無言が流れる。しかしそれもそんなには続かなかった。
「何故帰ってこなかったのか…聞かないのか?」
緊張の面持ちでこちらを伺いながら聞いてくる木下殿。
「話したく無さそうでしたので。しかし…聞いても構わないのでしたら伺いたいです。」
木下殿の方から聞かないのかと言っておきながら、いざ伺いたいと言うと戸惑い狼狽える。
しかしその態度が既に答えを言っているも同然だった。
恐らく大殿と男女の関係になったのだろう。

