樫の木の恋(上)



夜中になる前までには清洲城につき、二日後に再び登城するようにと重鎮達は告げられ解散となった。
夕暮れの中、二人でとぼとぼと歩いている。

「木下殿…、庇ってくれありがとうございます。」

「はて?わしそんなことしたかのぉ?」

本当に心当たりが無いといったふうに首を傾げる木下殿。

「龍興殿に言ってくれたではありませんか。」

「あぁあれか。あれは…まぁ龍興殿が悪いからの。半兵衛が礼を言うような事ではない。」

頭をかきながら顔を背ける木下殿。頭をかくのは照れている時の癖なのだろう。きっと今頃顔がほんのり赤い。
そんな気がしていた。

木下殿が無事だったことと、木下殿が龍興殿に言ってくれた事を嬉しく思っているといきなり小者に後ろから声をかけられた。

「木下殿。大殿がお呼びです。」

「…!あっ…。そうか分かった。今行く。」

小者がすぐに去ってから、木下殿がこちらに向き先に帰るよう告げる。
そんな木下殿の腕を思わず掴んでしまった。

「……?半兵衛?どうしたのじゃ?」

腕を離す気になれず木下殿は困惑していた。今離してしまったら大殿の所へいってしまい、きっと大殿の腕の中だろう。
そう思ったら余計に腕を離したくなくなってしまう。

「半兵衛大丈夫か?そんな怖い顔して…。」

そう言われて我にかえる。

「あっ…いえ。すみません。」

ゆっくりと木下殿の腕を離し、自然な笑顔を意識し表情を作る。

「半兵衛、すぐ帰るから心配せんでもいい。」

木下殿が何を思ってそう言ったのか全く分からないが、木下殿が困った笑顔をしながら去るのを見て、申し訳なくなった。

本当は行ってほしくなかった。
行かないでと言えればどれだけ良かったろうか。
しかしそれを言えるような立場ではないと痛感していた。



木下殿の言葉を信じ、家にて木下殿の帰りを待っていた。本当にすぐは無理でも早く帰ってくるのだろうと思っていた。

しかしその日。
木下殿は帰っては来なかった。