「仕方ないのぉ。早く帰りたいのであれば、わしに口付けをしたら帰って良いぞ。」
「えっ…そ、そんな私から…なんて。」
「ほぅ。出来ないならこのまま帰れんぞ?」
「うっ…。じゃ、じゃあもう少し屈んで下され…。」
小さく口付けをする音がする。あぁきっと今の木下殿は物凄く可愛いのだろうな。それが自分ではなく、大殿に向いているのが辛い。
「ふっ良くできたな。仕方あるまい。今度は一夜共に出来る時間を作れよ。」
「…はい。」
木下殿が出てきてしまうのが分かり急いで元の場所へと急ぐ。どんな顔をして会えばいいと言うのだ。
たった今失恋したばかりだというのに。
「あっ半兵衛。わるい遅くなったな。」
少しまだ赤い顔を見て、先程の事が本当にあったことなのだと思い知らされる。
木下殿が女だということを隠して武士をしているのが唯一の救いか。
武士でなければ確実に側室になっていたかもしれん。
大殿には正室がいる。
しかし確実に大殿が愛しているのは木下殿だ。
どんどん頭が重くなっているのが分かった。
「…?半兵衛、どうしたのじゃ?具合でも悪いのか?」
恐らく己のせいで悩んでいるとはつゆにも思ってないだろう。首を傾げながら問うてくる木下殿は本当に心配しているようで、そんな彼女を抱き締めたくなる。
「いえ…大丈夫です。」
そう目を合わせないようにしながら答える。少し不思議そうにしていたがすぐに西美濃三人衆の調略のためにお互い奔走し始めた。
その日は夜遅くまでお互い書簡を書いたりと忙しく、同じ屋根の下だというのにどちらが先に寝たかも分からぬまま終わった。
その忙しさに救われたかも知れなかった。
深く考えようものなら、ただひたすら心をえぐられていただけだろう。

