その後は二人とも一言も発っさずにいた。

そのまま時間はゆったりと進み、空をオレンジや赤などの暖色が斑に混ざりあっていた。

「帰ろ」

私がそう呟けば、ルークは本をパタンと閉じて立ち上がる。

私は一歩先を歩くルークの、夕焼けによって伸びた黒い影を足の先で踏みながら歩いた。





帰っていつも通り夕飯を食べて(不思議と味がしなかった)

明日の準備の為に、大きなリュックに荷物を入れて、そのままベッドに寝転んだ。

瞼を閉じても意識はかなり近くにあって寝れなかった。

中心地ってどんなとこだっけ、と思いを張り巡らせば、気づかぬうちに眠っていた。





朝は起こされなくとも目が覚めた。

早朝に出掛けなくてはいけないため、起きたときには時計の針は4:30を示していた。

欠伸すら出なかった。

紺色のローブを手に取り、まじまじと見つめる。

私の髪と同じ色をした、紺色のローブ。

私はそっとローブに口付けし、白いシャツと黒布のパンツの上に被った。


リュックを背負い、階段を降りる。

リビングには、もう全員が座っていた。

早起きが苦手な筈のカミーユとカロルまで。

それだけで心が弾んだが、同時に心が針に刺されるような感覚もあった。

キュ、と胸の部分の布を無意識に握る。

カロルとカミーユが澄んだ青い瞳を此方に向けた。

「フィオナ、座って」
「朝ご飯だよ」

うん、と私は頷き、リュックを床に下ろしてから席に座った。

向かいのルークは、いつも通り、すました顔をしている。

エリーザが朝食の乗ったお皿を人数分、ふわふわと浮かせて歩いて来た。

コトン、と流れるように、目の前に浮いていたお皿がテーブルに乗る。

この毎日見た光景が、もしかしたら、もう見れないかもしれないのに。

クラークは、目を伏せながら、大切に、言葉をまるで宝石を扱うかのように紡いだ。

「いただきます」

次に、その場に居たクラークを除く全員分のいただきますの、重なる音が耳に心地よかった。

黙々と食べ進め、何時もよりも随分と早く食べ終わった。

昨日と同じく、味はしなかった。

エリーザが味付けを忘れた訳じゃないのは、知っていた。

食べ終わったお皿が並んで、聞こえるのは毎日変わらず鳴き続けている鳥の声のみ。

もうひとつ聞こえてきたのは、ルークが立ち上がるときに引いた、

椅子と床が擦れる音だった。全員の目がルークに注がれる。

ルークは私の目を見ていた。

「行くぞ」

「うん」

私は意識しないうちにそう言っていた。

立ち上がれば椅子の擦れる音がした。

ルークは、私達のリュックを開けて、中に手のひらをかざした。

「拡大魔法、ルエナ」

リュックの中に、一瞬だけ緑色の光が満ちた。

ルエナと言う呪文は、無限の呪文をかけられる。

リュックの中にかければ、そのリュックには無限に物を入れることが出来るようになる。

私達はルエナのかかったリュックを背負い、玄関へと歩を進めた。

玄関の扉を開ければ、花の香りが鼻一杯にひろがった。

これもまた、最後かもしれない。

エリーザが、微笑みながら一つのバスケットを差し出した。

「これ、お昼に食べて」

私はお礼を言って受け取った。

「僕達も手伝ったんだ!」
「特製サンドイッチ!」

カミーユとカロルが無邪気に笑う。

私がそんな二人の頭を撫でていれば、ルークは皆の方に顔だけ向けて言った。

「行ってくる」

私は精一杯、笑顔で言った。

「行ってきます!」

皆は、優しく笑った。

「行ってらっしゃい」

四人分の声が重なって、その声に後押しされる様に、私達は一歩を踏み出した。