ルークはそのあと一度家に戻ってきて、本を抱えてまた出ていった。

本が好きなんだね、と以前に聞いたことがあったのをふと思い出す。

確かあの時ルークは少し目を伏せて、「ただの現実逃避だよ」と呟いていた。

結局、その時の私は何も声をかけてあげられなかった。

今でも少し後悔している。けれど今でさえも何と言えば良かったかは判らないままだ。

苦しく締まる胸の前の服を手で握り締めた、その時だった。

コンコン、扉をノックする音が聞こえた。

「フィオナ、入るわね」

「どうぞー」

エリーザだった。

入ってきたエリーザは、手に紺色の布を持っていた。

「それは何?」

「フード付きのローブ。着ると多分、膝下位までだと思うわ。
人の前で歩くときは、フードを被って歩くの。

それで大きなバックを背負っていれば、、旅人と同じ様に見えるんですって。
ルークのと、フィオナの分を作ったのよ」

そう言ってエリーザは、私に紺色のローブを手渡した。

「ありがと、エリー、ザ...?」

エリーザは、私を突然抱き締めてきた。

ふわふわとした髪が首筋に当たって、少々くすぐったい。

「必ず、必ず無事で帰って来てね」

普段聞き慣れないその震えた声が、鼓膜を震わせる。

私の頭には気のきいた言葉など出ずに、ただ私はうん、と抱き締め返してそう言った。



そのあと私はわざわざ紺色のローブを着て、家の反対の方向の森へと散歩をしに行った。

フードを被ってしまえば周りの木々が見えなくなるのが惜しくて、

被らずに背中の方に付けたままにして、森の中を歩いた。

歩きながら、私は自分のお気に入りの場所へと向かう。

小さな小道を右、左、右、右、真っ直ぐ。

そうして出た場所は、狭い広場。

木々が生えていなく、周りの木漏れ日だけが薄く入っている。

そこには小さな切り株があり、そこに座ってゆっくりするのがとても好きだ。

だから今回も、切り株に座ってゆっくりしようと思ったのだが。

「ルーク...」

どうやら先客が居たようだ。

この場所を知っているのは私だけだと思っていたのだが。

ルークは切り株に座り、本を読んでいた。

私に気づいたのか、本を閉じずに、切り株の横の方を指でちょいちょいと指した。

そこに座れということだろうか。

大人しく、切り株に背中を預けて座ると、ルークは本から目を離さず言った。

「後悔してねーの」

「怖いけど、後悔なんかするわけないよ」

「何でだよ、怖いんだろ」

私はルークの目を見つめて言葉を一つ一つ言うが、

決してルークは此方を本から目を離さず口を動かす。

しっかりと私は目を離さず言った。

「ルークが、居るから」

「......は、」

ようやく此方を見てくれたな、と私は思う。

綺麗な碧色の目を、ようやく此方に。

「ルークが居るから、怖いことも大丈夫だし、
後悔だってしないんだよ」

私と違ってルークは魔法が上手だしね、と言えば

少し不愉快そうな顔をしてから、ルークはまた本に視線を戻し、そーかよ、と言った。

「照れてるでしょー」

「照れてねーよ」

「うっそだー」

「うるせえ」

私はくふふ、と袖で口元を隠して笑う。

それを見ていたルークが、不思議そうに言った。

「おい、その服は?」

「エリーザが作ってくれたんだ、フードを被ると顔が見えないんだよ」

「...それなら瞳も見えないし、良いな」

ルークは、ボツりと何かを言った。

けれどその声は聞こえず、私と私が聞き直すと、何でもねーよ、とはぐらかされた。

不思議がる私に、ルークは指を指して言った。

「お前、中心地に行くときは、絶対に魔法使うなよ。
例えそのローブを着ていてもだ、良いな?」

「...どうして?」

「お前みたいな弱い魔導師が魔法使ったって、俺の足手まといになるだけだし、
魔法を使っているところを、もしも見られたらその場で終わるからだよ」

確かに私は他の魔導師に比べれば劣っているし、

ルークの言い分にも納得出来た。

でもね、ルーク。

貴方は知らないんでしょう?

貴方が嘘を付くとき、何時だって首に手を当てるんだよ。

ねえ、どうして今、首に手を当てているのかな。

何を、隠しているの。

判らなかったけれど、私は笑って、「そっかぁ」と言ったんだ。