シワのついたスーツのジャケットに、ヨレたワイシャツとネクタイ。
そして落ち込み気味の沈んだ顔。


今日の今野拓は、どう見ても様子がおかしい。
なんでこんなに分かりやすいのか、こいつは。
もう少し大人になってほしい。


人気の無い非常階段まで連れ出された私は、視線を床に落としたままの後輩に早速話を切り出す。


「で?なに?」

「あ、あの……これ……」


ヤツが差し出してきたのは、私が今朝押しつけてきたはずの一万円札。


「なによ、これ」

「お金です。一万円」

「見れば分かるわよ。いらないわよ」

「で、でも俺のせいでラブホに行くハメになったわけだし」

「ちょっ……、職場でラブホとか言わないでよっ」


万が一誰かに聞かれでもしたらあっという間に噂になってしまう。
パシッと今野の柔らかい髪の毛を手のひらで軽く叩いて黙らせた。


「いいのよ、お金は。昨夜のことも気にしないで。忘れて。…………とは言っても、あんた相当酔っ払ってたから何も覚えてないと思うけど」


差し出された一万円札を突き返した私は左手首の腕時計に目を向けて、


「じゃ、この話はこれでおしまい。休憩室戻るわ」


と、足早にその場を立ち去ろうとした。


ところが、思ったよりも強い力で今野に腕を引かれ、一瞬ドキッとして足を止めてしまった。


そしてその瞬間、色々とフラッシュバックした。


昨夜もこんな風に、予想外に強い力で抱きしめられて胸が高鳴ってしまったこと。

自分に向けられたわけでは無いであろう愛の言葉に、なんとなく心が揺れたこと。

何度も重ねられた唇が、とても心地よかったこと。


━━━━━なんでこんな奴にドキッとさせられなきゃいけないのよ。


自分の心にイライラしていたら、今野はなんとも情けない自信の無さそうな表情で私を見つめていた。


「俺、昨夜、変なこと言ってませんでしたか?」