「まぁ。まぁ。お前ら少し落ち着けや」

「ってぇ!」

座長にチョップされた頭を抑え、座長を

見ると呆れ顔で蒼威を見ている

「蒼威。アレは思ってても言っちゃダメ

たことだぞ。牡丹は明日を誰よりも楽し

みにしてたんだ。初の主役の劇だからな

主役が決まったその日からずーっと稽古

を1人で夜中してるんだ。謝ってこい」

そうか……だから牡丹は最近目の下に隈

つくってたのか。

「……。はい」

下唇を噛み目線を下に向ける蒼威

今回ばかりは反省したのか牡丹の後を追

う蒼威は、普段なら有り得ない行動

「流石座長!蒼威の使い方が上手いです
ね」

あのドS蒼威をあんな顔にさせる座長は

流石としか言いようがない。

「バカとハサミは使いようっていうだろ

?光お前もあした頑張れよ!」

ポンと俺の肩を叩くと稽古に戻っていく

座長にはいと返事をして部屋を見回した

部屋の片隅に置いてある花"胡蝶蘭"

胡蝶蘭は公演所のオーナーから頂いた物

で、暑いからと開けておいた窓から入る

夜風になびいている。




そういえば母さん好きだったな。胡蝶蘭

リビングには必ずと言っていいほど胡蝶

蘭が飾られていて俺も流石に覚えた




「胡蝶蘭だっけ?その花」

聞き覚えのある低音ボイスに振り返ると

「副座長!はっ、はい。胡蝶蘭です」

副座長こと和樹(かずき)兄さんは俺の大

先輩。大人の色気のお手本のような人で

切れ長の目が特徴的な劇団夢見の副座長

「何もそこまで緊張しなくてもいいだろ」

アハハと笑う副座長は胡蝶蘭をもう1度

見て、少し微笑みながら

「鬼龍 胡蝶(きりゅう こちょう)って

知ってるか?」

きっと、役者さんであろう人の名を口に

する副座長に俺は少し考えてみたが、そ

の人の名前は俺の記憶の中にはなかった

「いえ、知りません……」

副座長はやっぱりなと笑うと話始めた

「その子、鬼龍 胡蝶ちゃんはな、お前と

同じ15歳。家が代々の大衆演劇役者の家

で確か7代目で、毎晩毎晩血のにじむよ

うな稽古をやっているそうだ。昔その子

にあったことがあってな。

劇の最中は喜怒哀楽が豊富にでてくるん

だけど、舞台から降りると"無"なんだよ

送り出しの時は愛想笑いで済ましてた

でも、凄く美人でな。会ったのは5歳の

頃だったから今はもっと美人さんに育っ

てるんだろうな……。まぁ、こんな思い

出話があって、その花見るとと同じ名前

の胡蝶ちゃんを思い出すんだ。小さい手

から愛想笑いで渡された胡蝶蘭をな」

手帳に挟んである胡蝶蘭の栞を大切そう

に見る副座長の表情は初めて見るものだ

った。心配、不安といった感情が入り交

じったような表情をした副座長

「その鬼龍胡蝶さんはドコの劇団さんに
?」

「多分お前もこの劇団は知ってるだろ。

劇団鬼龍(きりゅう)だ。」



「……?わかりません」

ドテッという音と共に副座長が急に倒れ

「お前ちょっと、え?嘘だろ?」

副座長もさっきの座長と同じような呆れ

顔をしていると、

「ただいま〜!」

M〇cの袋を持った牡丹が帰ってきた