たとへどれだけ深い眠りに落ちても、昨日の記憶は簡単には消えない。

「気分が優れないのなら、今日は休む?」

母の優しい気遣いは嬉しいが、もうすぐテストを控えているみすゞはそれを断った。

「平気よ、いってきます」

ガチャリ

堂々と家から出たものの、やはり怖いのだろう、足どりはいつもより速い。
変質者との遭遇を避けるように俯きがちで歩く。

だが、神はけして優しくない。

「ああ、何と美しい川だ!入水にはもってこいの場ではないか!」

聞こえてくる意味不明かつ聞き覚えのある声、もしや・・・

!?

少し癖のある髪、黒のロングコート、顔の整ったイケメン。

昨日出会った変質者が現れた。

「白昼堂々何をなさっているんですか!」

今にも川に飛び込みそうな青年に声をかける。さすがに目をそらせない。

みすゞのいる方向に顔を向ければ嬉しそうに饒舌に語りだした。

「あぁ、何ということだ。やはり神は私を見捨てなかった!再び天使と巡り会えるなんて!」

恍惚とした表情でみすゞに近づく

「申し訳ない、自己紹介がまだだったねワタシの名は太宰治と言うんだ」

『太宰 治』
職業???
最近の趣味、みすゞのストーキング

みすゞの手を取り一流俳優のごとく言葉を並べる。
みすゞの顔はひきつっているが。

「愛しい人よ、ワタシと共に逝ってくれないかい?」

「合意すると思っているんですか!?」

後ずさりみすゞは顔を青ざめる。

「みすゞちゃん、落ち着いて」

「落ち着くのは貴方のほう
・・何故名前を知っているのですか!?」

初対面の変人に名乗る程みすゞもバカではない。では、何故?

「家までついていったんだ、傘に名前が書いていたよ。」

「・・・・・」

唖然とする。

ただの変人ではない、狂人もといストーカーだ。

小鳥が囀ずり風が穏やかに吹いている。
けれど、みすゞと太宰の間には雪山よろしく冷たい空気が漂っている。

「天気は良好、川の水温も申し分無い、まさに入水日和!共に新しい人生を歩もうではないか!!」

「勝手に一人で逝ってください!」

みすゞ、2度目の逃亡。

「・・・入水プロポーズは失敗」

落ち込んだ様子でトボトボ歩く太宰
新しいアイデアを考えながら仕事場へ向かう。

【入水作戦終了】