それが、もしかして……いや、もしかしてじゃない。確実に、さっきの男子は私のことを『太川』と呼んだ。そして、特徴的な右目の下にあるほくろ。男のくせに、まつ毛が長くてぱっちりした目。

 間違いない。さっきの男子は、私の小学校の時に、『いじめられる』きっかけを作った張本人。私に『太川』というあだ名をつけた張本人。そいつの名前は――


「戸津龍介(とつりゅうすけ)」
「え?」


 教室の前で呆然と立ち尽くす私に春ちゃんが聞き返してくる。


「さっきの人、小学校の時の……」


 壁に額をつけて、まさかまさかと混乱する。自分でも顔が強張っているのがわかる。春ちゃんが横から私の表情を見て、何か悟ったのか息を飲んで、辺りを見回した。


「戸津って言った?」
「うん……」
「前聞かせてくれた人?」
「そう……」


 春ちゃんが声を抑えながら耳打ちしてくる。それからまた何かを発しようとした春ちゃんが、突然私の腕を掴んだ。


「来たっ」


 その台詞に私はびくりと体を揺らす。春ちゃんが顔を上げているのがわかるが、私は恐怖から顔を上げることができない。壁と対面しながら、掌から汗が滲み出てくるのを感じた。


「来るよ」


 春ちゃんの状況報告で更に全身に力が入る。そして、私の右横に人影が映り込む。


「おい、太川だよな?」