『絵梨――…っ』


この名前が、

この声が、

耳に残って離れない。


あれからしばらく、あたしはあの場から離れられずにいた。

ハッとしたのは、喧騒も遠くに消え去ってしばらくしてから。

慌てて携帯を開いた。

何度も、電話した。

でも、繋がらなかった。

当たり前か。

救急車の中。

もう、病院についた頃だ。



―――“えり”



安堂くんがあたしの名前を呼ばなかった理由。

きっと、あたしの名前の中に、その名前があったから。

あたしとそういうことに至らなかった理由。

やっぱりそうだ。

やっぱりそうだった。

安堂くんの心の中に、あの人の存在があったから。

消えてなんてなかったから。


それからどうやって家に帰ったのか、あたしは覚えていない。

でも、気がつけば自分のベッドの上にいて、ずっと携帯を握りしめてた。

いつ連絡があってもいいように。


でも、携帯は

それから3日鳴らなかった。

繋がらなかった。


泣きたかったけど、不思議と涙は出なかった。

今日も夜まで一人。

鳴らない携帯を、電波の届かない携帯を、握りしめて、ただ冷静にその画面を見つめていた。


何が起こっているのか、

何が起ころうとしているのか、

分かっているのか分かっていないのか、

実際のところ自分でもよく分からなかった。


心が、無だった。