それでも自分からは言い出せなかった。

ぽっかりと開いた穴を、塞いでくれたのは絵梨だった。

この存在が傍からいなくなったら、俺はあの時の、荒んだ自分に逆戻りしてしまうんじゃないかと、思った。

でも、それから数か月経っても、絵梨は俺をフラなかった。

優しさだと、思った。

絵梨は自分と同じような境遇の俺を無下には扱えない。

それならそのまま、その優しさに甘えてしまえばいいと思った。

そう思い始めた頃―――……。


付き合って3度目の秋を迎えた頃、家ではなく、屋上ではなく、教室に呼び出された。

教室じゃないと、先生という理性を保てないから、と絵梨は言った。

一人の生徒として、俺を大切にしたい、って。

そんなの綺麗事だって言ってやりたかった。

でも、言えなかった。

絵梨の夢を知っていたから。


今までの絵梨を否定するようなこと、

二人の時間を否定するようなこと、

言えなかった。


ただ、黙って頷くしかできなかった。

本当は伝えたいこと、たくさんあったのに。

俺を暗闇の中から引きずり出してくれてありがとうって、

一緒にいてくれてありがとうって、

言いたかったのに。



あの日、二人の時間は、止まってしまった。