泣き腫らした目をタオルで擦りながら、ようやく呼吸の落ち着いた女は口を開いた。
「お父さんね、バイトの採用、自分で面接したいって言ってきたんだって」
「………?」
ベッドの上、何だか心がついていかなくて、俺は無造作に手のひらで煙草の箱をバウンドさせていた。
「その理由を、上の人には話してくれなかったんだけど、あたしにはこっそり教えてくれたの。あたしの履歴書見たからかな?
あたしもね、中学の頃に両親を亡くしてるの」
「…………え、」
「ほら、さっき言ったでしょ?寝煙草はダメ、って。お父さんがねー、すっごいヘビースモーカーでさぁ。いつか絶対やっちゃうって思ってはいたんだけど、それがね…。本当にそうなっちゃって。
だから、たぶん。佐久良くんのお父さん、あたしを採用したんじゃないかな?佐久良くんの気持ち、なんとなくでも分かってやれるんじゃないか、って」
それでもこの女は、今も笑顔を浮かべていた。
さっき、子どもだ、って言われた理由が分かった気がした。
何だか自分が恥ずかしくなって、目を伏せる。
「で、まぁ。お恥ずかしい話、あたしも一時期荒れてた時期があってねー?ま、佐久良くんほどじゃないけど、学校サボってみたりとかして…。で、その時に一人の先生と出逢ってさ。凄く救われたの。何を言ってくれるわけでもないんだけどね。そっと傍に寄り添ってくれたっていうか…。
ああ、あたしもこんな先生になりたいなぁ、って思ったの。そこであたしの夢が決まったのよ」
「……教師になりたいの?」
「そう!試験は来年なんだけどね。あ、ほら。ここに来た初日、廊下でいろいろ広げてたじゃない?あれ、採用試験の対策なんだ」
横目でちらりと、その顔を見た。
その顔は心から笑っていた。
「今までもバイトしてたんだけど、そろそろ塾講師とかカテキョとか始めようかなーって思って。
実は佐久良くんが初めての“生徒”なの。だから俄然やる気が入っちゃってねー。ちょっと熱血過ぎたかなーって反省中」
「確かにちょっとやり過ぎだったな」
「やっぱり!?」
でも多分、俺は心のどこかで待っていたと思う。
こうやって、心のドアを叩いてくれる人。
こじ開けてくれる人。
……だなんて、絶対言わないけど。
「つか、大学生だったんだ」
「え?」
「高校生かと思ってた。……高校生にしては色気ねぇなー、とも」
「なに!?」
「で、俺に何の教科教えてくれるの?」
「え…、じゃぁ…!?」
「そのために来てるんじゃないの?あーあ、アイスも零して…」
「それは、佐久良くんが!!」
この日。
俺の中の何かが変わった。
微かに。
でも確実に。
何かが変わり始めた瞬間だった。

