中1の3月、桜の季節を待たずして、母さんが亡くなった。

今年も一緒に桜が見られたらいいね、って微笑った表情そのままの死に顔だった。

桜が好きな人だった。

男の俺に“さくら”って名前を付けるくらい。

その年も一緒に見られることを楽しみにしていたのに。

病室はいつも寂しかった。


俺の父親は、

母さんの夫であるその人は、

入院の間、一度も顔を見せなかった。


なのに、母さんはそれでもその人のことを悪く言ったことはなかった。

ただ、それでも毎日のように、その姿を待っていた。

そんな母さんを見るのが、辛かった。

母さんが天国へと旅立った日も。

病室にはたくさんの人が駆け付けたのに、その人の姿はなかった。

数時間後。

俺と母さんの体だけになった時、その人は現れた。

涙を流すこともなく。

表情を変えることもなく。


「そうか」


と一言つぶやいただけだった。

それから、父さんと俺だけの生活が始まった。

自分の野心のためにしか動かない父親。

医者である父さんなら、母さんの病状にももっと早く気付けたはずなんだ。

見つかった時には、もう手遅れだった。

金はあった。

コネもあった。

いい技術で、いい環境の中、母さんの治療は始まった。


でも―――。

きっとそういうことじゃない。


母さんに必要だったのは、

父さんの愛だったんだ。