「いや、だから、もう、これはあの…っ」


息切れ動悸、もう穴があったらそこに叫んで消えてしまいたい衝動に駆られた、その時。


「……………ぷっ、ぷはははははは…!!!」

「………………へ…っ」


学年No.1の胸倉を掴んだ自分の失態で、このまま天に召される寸前だったあたしに、突然そんな笑い声が落ちてきた。


「小林って、マジでバカ…!」


目の前で、あまり表情を表に出さない安堂くんがバカ笑いし始める。


「ヤバい、こんな変な子、初めて見た…っ」


しかも暴言。ムッとしていい言葉。

のはずなのに。

何故か、何故だか。

この時だけは。

世界が夕焼け色に染まってるせいだろうか。

それが酷く綺麗なせいだろうか。

吐いた暴言も、気にならなかった。

安堂くんが笑っている。

ただ、そのことが何故だか嬉しくて―――。

あたしはまた、逃げ遅れてしまった。


「――――へ…?」


気が付けば、捕まっていた。

細いけど力強いその腕。


「……ちょっとでいいから」


逆光で見えなかった。

フラれたって平然としている安堂くんは、平気なんじゃなくて、平気なフリをしていただけだったこと。


逆光で見えなかった。

笑ったその顔に、切ない涙を隠していたこと。


抱きしめられて、首筋に温かな雫が零れるまで。

恋したことないあたしは、気付いてあげることさえ出来なかった。