「この子、内緒にしてて教えてくれないのよ」

「てことは、まだー…」

「あっ!! 景山先生が来た!! ほら、早く席につかなきゃ!! 怒られちゃう!!」


大袈裟に声を荒げて、その場を解散させた。

あたしの声に、ドアの方へと振り返り、その姿を確認するとナッチと安川くんは渋々自分の席へと戻って行った。

景山先生のことは苦手だけど、今はありがたい。

ふーっと額の汗を拭った。

実はまだ、ナッチにも言えていない。

話が出る度にどうにかごまかして、まだそういうことに至ってないということは言えずにいた。

してないことが恥ずかしいわけじゃないけど、言いにくい。

特にナッチは、そういうことがあってこその夏だと思っているから。


「……まだ、してないんでしょ」

「…………、」


みんながそれぞれに席に戻って行ったけど、この男、桜田嵐は別だった。

隣の席。

まだ楽しそうにこの話を広げている。


「……別に、それだけが全てじゃないもん」


なんて強がりだ。

でも、ホントだ。

そういうことがなくたって、特別な存在ならそれでいい。

それを聞いて、桜田くんは


「ま、そうだよね~。そういうのが全てじゃないよね~」


と、意外にもこの意見を受け入れてくれた。


「…………。」


軽そうだけど、この男。

やっぱり奥が深い気がする。


「……そういう経験あるの?」


教科書に視線を落としたまま、顔は向けずに桜田くんに聞いた。


「ん?そんな、って」

「……そういうことせずに付き合った経験」


あったらちょっと意外だけど。

でも、あったらちょっと、自信が持てそう。


「んーん、ないよ。基本的に俺、付き合ったら一週間以内には戴いちゃう」

「!!!」


恥ずかしげもなく言うこの男。

奥が深いなんて言った自分が恥ずかしくなった。


「…なんて。本当に好きだった子とはそーゆーことしなかった。つか、できなかった。
 だからチェリーちゃんも、あんまり気に病むことはないよ。男って意外と繊細な生き物なんだよ」

「……………、」


意外にも、桜田くんの言葉に慰められた気がした。

奥が深いって言ったこと、恥ずかしいって言って、ごめんね。

やっぱり桜田くんも、言えないような辛い恋、してきたんだね。