印刷機は、ガタンガタンガタン…と音を立てながら、きちんと仕事をするべく、動いている。


「……動いてて、当たり前だと、思いますが?」


桜田くんを横目で睨んで、呟いた。


「あは、そっか」


桜田くんは頭を掻きながら、いつものようにあっけらかんと笑った。


「それにしてもチェリーちゃん、雑用させらてんの?景山に」

「ち、違うよっ!あたしは今週が、週番なだけ、…で」


そこでふと、気がついた。


「桜田くんだって週番でしょ!?」

「よっ、そのツッコミを待っていた」


ハチャメチャな男だけど、今回は、…今回も、そのあっけらかんとした笑顔に、ちょっとだけ救われた。

桜田くんが分かって言ったのかは、分からない。


『昔のことだよ』


だけどその言葉が、あたしの心を軽くした。

そうだ。

もう、昔のこと。

過去のこと、なんだ。

今は、あたし。

今、安堂くんの隣にいるのはあたし。

あたしがシャンとしていなきゃ、あたしが気にせずにいなきゃ、安堂くんはいつまでも気にしていないといけない。

…それは、嫌。

早く、過去のことってしてもらえるように、あたしが頑張らなきゃ。

今日、放課後、安堂くんの好きな甘いお菓子を買って行こう。

今日は取り乱してごめんねって、ちゃんと謝ろう。


「じゃ、あたし日誌を出して帰るから!桜田くんは戸締り、お願いね!」


放課後、教室を出る時には、あたしの足取りはすっかり軽くなっていた。


「おー」


桜田くんは手だけ挙げて、返事をした。

誰もいなくなった教室で、その金色に染まった髪が小さく揺れた。

制服のポケットから出された携帯の中、写っていた一人の、女(ひと)。

誰だって、過去を抱えている。

いつもはおちゃらけた笑顔の裏に、悲しみの瞳を隠していること。

あたしは知らなかった。

ただ、信じていた。


恋の傷心を癒せるものは、新しい恋でしかないのだと、

あたしは信じていた―――。