だけどそれは、目の前のその人も同じだった。
この、声。
安堂くん。
「………あ、」
あたし達を見て、…その姿を見て、安堂くんは小さく声を零した。
その瞳に、その姿が――。
先生の姿が映っている。
一瞬で息が、胸が、苦しくなった。
ここに立っているのがやっとになった。
すると、安堂くんはふっとその視線を逸らした。
視線を落として、そしてあたしへと声をかける。
「小林、これ、落としてたよ。お気に入りだって言ってた、ピーチのリップ」
「あ、しまった!あたし、一枚原稿忘れてる!」
安堂くんがそう言った瞬間、先生が声を上げた。
「も~…、あたしったらいつもこう。じゃ、小林さん、頑張ってね」
先生は安堂くんの方は見ずに、足早に印刷室を出て行った。
出ていく先生から、甘く優しい香りがした。
―――嫌。
この香りで、安堂くんが先生のことを思い出すのは嫌。
顔を合わせたことで、先生のことを思い出すのは嫌。
だけどこれは、きっと天罰だ。
あたしが、卑怯なことを言ってしまったから。
「……小林?これ…」
だけど安堂くんは何もなかったかのように、あたしにリップを差し出した。
今、安堂くんの、顔が見られない。
きっとあたし、ひどい顔をしている。
泣きだしそうで、そして意地悪な、最低な顔をしている。
安堂くんと顔を合わせられなくて、さっと顔を背けた。
「……ありがと」とだけ言って、そのリップを受け取った。
そんなあたしに、安堂くんは小さく声をかけた。
「小林…」
何も言って欲しくない。
今のあたしを、見てほしくない。
安堂くんの言葉を遮って、あたしは口早に言った。
「だ、大丈夫だから…っ。あたし、何も気にしてないから」
だから安堂くんも気にしないで。
先生のこと、思いださないで。
だけど今は少しだけ―――…。
「一人でやらないとね、枚数間違ったりしちゃうから、だから、今は――…
……一人に、して…っ」
泣きだしそうな心を押さえて、言った。
安堂くんの方は見れずに、言った。
「――……」
安堂くんは何も言わずに、ゆっくりと印刷室から出て行った。

