ナッチは知らない。

安堂くんが美坂先生と付き合っていたこと。

もしそれを知らなかったら、あたしは今、言えたのだろうか。

……いや。

それを知らなかったら、あたしたちの“今”はない。


「安堂くんにとって、あたしは友だちってことだよ」


あの時知らなければ、関わることのなかった人。

静かに沈むあたしに、ナッチが声を高くした。


「そ、そんなことないよ!きっと安堂くんもいつ言おうって考えてんだよ! ……あっ!もしかしたら知枝里にその気がないのかと思ってるのかもよ!? あんたいつもどんな格好で会ってんのよ!」


ナッチは何かを思ったらしく、ますます声を荒げた。


「……え?普通にワンピとかデニムとか…」

「いっかーーーーーーんっ!!」


右耳から左耳まで貫通する大声に、キーンと音が走った。


「分かったわ!知枝里に足りないもの!色気よ色気!そして付け入る隙!これを演出出来てこそ、女は恋を制すのよ!」


ポッキーを置いていたテーブルの上、片足を乗せて天井を指差すナッチに、拍手をした。

やはり、恋愛の先輩は言うことが違う!


「で、では、あたしはどうやったら色気を?…あと隙を…」

「まずは……やっぱり乳よ!」


あたしの顔の前、ずんっと人差し指を突き付けてナッチが言う。


「安堂くんだって男なのよ!あんなに綺麗な顔した、…顔だけじゃなく全て! 存在全てが綺麗で素晴らしいあの安堂くんも男なのよっ」

「……その、心は…?」

「あたしのこの、豊満な胸に顔を上げたんですもの!あたしはそれだけが誇りなんだから!」


いつぞやの屋上報告会のことを話して、ナッチはその豊満な乳を手の平で寄せた。

あたしも一緒に乳を寄せてみる。

寄るだけの乳がない。


「行くわよ」


目の据わったナッチが言った。


「ど…どこに…?」


あたしは少しだけ身を反らして、そっと訊ねた。