「ふーん?そーいや唇もワックス塗ったみたいになってたな」


―――――ピキ。

だんだん腹が立ってきた。


「あ、あれはグロスなの!うるうるのぷくぷくだとカワイーって書いてあったから新調して…っ、しかもイー匂いもして…っ」


怒り心頭で、安堂くんを見上げる。

靴を履き終わり、立ち上がった安堂くんはやっぱりとても背が高かった。

そして。

気付けば。

玄関を背に抗議していたあたしに、安堂くんは覆いかぶさるように立っていた。

…ちょん、と唇に何かが当たった。


「……それってイチゴの匂い?」


至近距離。

安堂くんのドアップに、思わず息を呑む。


「………ぴ、ピーチの、香り…っ」

「あ、じゃあ。今のはさっきのケーキか」


答えるだけが精一杯のあたしとは裏腹に、やっぱり安堂くんは平然な顔をしている。


「今度、その匂いも嗅がせてね」


安堂くんは口端で笑うと、固まるあたしを横目にドアを開けた。

―――クラリ、と。

背もたれを失ったあたしの体は、よろめく。


「踊ってないで早く帰るよ」


なのに安堂くんはお構いなしで、そんなロマンのカケラもないことを言っていた。

…この男、この男…っ!

それっきり、まともに顔が見れなくなって、さっきとは違った意味で何も話せなくなった。

駅までの道のりはあっという間。

昼間は気付かなかった桜の木が、今駅前の路地で小さく芽吹いていた。


「いつが満開かな」


一緒に黙りこくっていた安堂くんがぽつりと言った。

同じ時に、同じタイミングで、同じものを見てた、って嬉しい。

同じことを考えてた、って嬉しい。

あたしも一緒に、その桜の木を見上げた。


「あたしは満開よりも、咲き始めの桜が好きだなぁ」


丸い蕾から、ふわっと出ている花びらが好き。

それに満開になると寂しくなる。

だって満開になっちゃうと……。


「小林」