巫部凛のパラドックス(旧作)

「バカ! 何やってんのよ! いいから逃げなさい!」
 ゆきねが真剣に怒鳴っているが、そんなもんは却下だ。俺が戦うことでほんの少しでも時間稼ぎができれば、ゆきねが対峙している敵に勝てるかもしれないじゃないか。我ながら無謀だと呆れてしまうが、ここは俺のとるべき行動は一つだと思う。
 ゆっくりと立ち上がり、ゆきねが戦っている方に一歩進めようとするが、俺の目の前にいた敵がこちらではなくゆきねの方に向かっていくじゃないか。
「ヤバイ! そっちじゃねえだろ」
 痛みで少し痺れた足に必死で命令し走り出すが、とてもじゃないが追いつかない。このままゆきねに攻撃されたらいくらゆきねでも対応できないじゃないのか。
 俺が二、三歩踏み出す間にその気配はゆきねの背後まで忍び寄っていた。ゆっくりと何かが振り上げられる気配。ゆきねは相変わらず目の前の敵に抗っている。このままじゃ本当にヤバイじゃないか! 何とか俺の足よ動いてくれ!
 振り上げられた気配が正に振り下ろされようかという瞬間……。

「パアン」

 乾いた音が廊下に響いた。そして立て続けに三発。静寂の中に響く音が鳴り止み。再び静寂の世界が辺りを包むと同時に、ゆきねに襲い掛かろうとしていた気配がなくなっていた。
「フン!」
 目の前の敵と対峙し、後から迫る気を配っていたゆきねは後方の憂いがなくなると、再度長刀を振りかざし、横なぎに一閃すると、鋭い金属を残し目の前の気配が霧散していった。
 これでなんとか窮地を脱することができたと思うのだが、さっきの乾いた音はなんだったんだ? どこかで聞いたことがあると思うのだが、音のした方に振り向いた俺が見たものは……、
「まったく、こんな雑魚にやられないでよね」
 そこには、銃を構えた制服姿の天笠じゃないか。
「あっ、天笠?」
 突然の出来事にあっけにとられ、素っ頓狂な声しか出ない俺に、
「私に勝ったんだからこんな所で簡単に死なれたらこまるのよ」
 と、いうことはさっきのは銃声で天笠が敵を撃ったってことだよな。
「何面食らった顔しているのよ。とりあえず。この場の危機は去ったわ」
 天笠はこちらに歩きながら不敵な笑みを浮かべていた。
「あっ、天笠なのか? 本当に?」
「あら、私の顔を忘れたって言うの? 毎日コーヒーを淹れてあげたでしょ」
「いやいや、だってここは闇の世界だぞ。俺はゆきねの力で入れたけど、お前はどうやったんだ?」
「あら? 私が侵入できないとでも思った? 私は一応天笠研究所の一員なんだけど。闇の研究をしてたんだもん。侵入なんて訳ないわ」
「そっ、そうか……」
 何となく質問の答えになっていないような気もするが、ここはスルーしておく方が懸命だな。
 天笠は俺の目の前まで来ると銃をホルダーにしまい、ゆきねに向き直る。ゆきねも長刀を鞘にしまい、目の前まで来ると、
「助かった。正直同時に攻撃されていたらやられていたかもしれない」
「あらあら、そんなに簡単にやられるっていうの? そんなわけないじゃない」
「ここの闇は今までとは違う。段違いに生命力が強いわ。だから無事ではすまなかったでしょうね」
「そっ、そう」
 何故だか天笠が照れているっぽいぞ。これは超レアな現場じゃないのか?
「それにしても、闇の存在を肯定していたあなたがどうして……」
 ゆきねの素直な疑問。そうだ。おれは天笠から頼まれていたんだったな。
「それなんだが、この天笠は元の世界が楽しくなってしまったそうなんだ。だから、リセットされたくないんだってよ」
「それは本当?」
 ゆきねは天笠の顔を覗きこんだ。
「ほっ、本当よ。まあ、楽しくなったって言うのは大げさだけどね。あんな世界でも存続してもいいんじゃないって思ったわけ。だから、私はこの闇の世界を壊しにきたって訳」
「そう、ならここは休戦ね」
 ゆきねの差し出した手を握る天笠。なんとなく、この世界最強タッグが誕生した瞬間って感じだな。
「で、次はどこに行くんだ?」
天笠が援軍になってこれ以上心強いものはない。ここはさっさとこの世界をぶっ壊してやろう。
「そうね。とりあえず上の階を確認するわ」
 ゆきねが一歩踏み出し、俺たちもそれに続こうとした瞬間。
「やっぱ、そう簡単にはいかないみたいね」
 天笠はそういうと後方の空間をにらみつけた。
「追っ手がくるわ」
「追っ手?」
「ここの敵はさっきだけじゃないの。それこそうようよいるわよ」
「なんで、そんな事わかるんだよ」
「伊達に研究員やってたわけじゃないのよ」
 まあ、闇を研究していた天笠なら、わかるもんなのかもな。
「と、いうわけで私はここに残るわ。二人でこの世界を壊してちょうだい」
 そう言うと同時に天笠は後ろへ向け駆け出した。そして遠くで響く銃声。
 おいおい本当に一人で行っちまったぞ、ここは援軍に行った方がいいんじゃないのか? 俺が天笠が消えたほうに踏み出そうとすると、
「ちょっと待って」
 ゆきねが俺の腕を掴んでいた。
「あの子なら大丈夫。私たちは先に進みましょう」
「えっ? でも天笠は一人なんだぞ。助けにいかないと」
「あんたが行っても足手まといになるだけ。それなら、この世界を壊す方が先決よ」
 まあ、確かにこの二人の戦闘力に比べたら俺なんて像と蟻位の差はあるかもしれないかもな。
「あの子が守ってくれている間に私たちは先を急ぎましょう」
 そう言ってゆきねは歩き出した。おれはなすすべも無くゆきねの後を追うことしかできないのだが、不意にゆきねは天笠が駆けていった方向に視線を向けると、
「死なないでよ」
 と小声で呟いた。