「悲しかった。一人ぼっちの私に声を掛けてくれて一緒に遊んでくれたあの子はもう居ないんだって思うと涙が止まらなかった。妹の次は唯一のお友達をなくしちゃって。そこで初めて本心をさらけ出して泣いたわ。退院してからもずっと泣いてた。友達が居なくなったって言うのもあるけど、それ以上にもっと私は悔しかったの。それは、あの子に私の笑顔を見せられなかったってこと。本当はすごく嬉しくて楽しいのに、私はいつも表情を作らなかった。本心を見せずにいてずるいと思った。あの子はいつも本音でぶつかってきてくれたのに。それに、私が道路に飛び出さなければ、撥ねられる事もなかった。全ては私のせいだって」
 地面を見つめていた巫部は視線を俺に向けるが、その瞳の縁には光るものが俺の視界に入った。
「でも、どんなに泣いて悔やんでもあの子は帰ってこない。寂しさと悔しさと不甲斐なさがごちゃまぜになって最後はもうぐちゃぐちゃな毎日だった。気づくと公園で来ない友達を待ってて日が暮れる。そんな日々を送ってたんだけど、そんな時ふと思ったの、もしも、もう一つの世界があったとしたら、その世界では妹とあの子がちゃんといるんじゃないかって事。そして、退院した私とずっと遊んでくれたんじゃないかって。時計の針を戻すのは絶対無理でも、もう一つの世界ならあるかもしれないって。だから私はその時からもう一つの世界があるって信じてるの。いつかそっちの世界に行く事ができたら妹と一緒にご飯を食べて、買い物にいって。そして、私が大好きだった友達に『ごめんね』って、ちゃんと謝まって、笑顔を見せられる事ができるように」
 一番星が瞬き始めた空を見上げながら巫部は話を終えるが、俺はどんな言葉を掛けていいのかわからず缶コーヒーを握り締めながら一緒に空を見上げる事しかできなかった。
「でもね……」
 巫部はベンチから起き上がり、俺に向き直ると、
「やっぱり、そんな世界はないって分かってもいるの。あの子がそれっきりいなくなっちゃったのも現実だし、妹も帰ってこない。時間も戻す事はできないわよね。ましてやもう一つの世界があって妹と友達と三人でずっと一緒に遊んでいるなんて事はないと思うの。だけど、心の中では妹とあの子の存在を身近に繋ぎ止めるために信じているだけなのかもしれないわね」
 俺から視線をはずし、遠くを見つる巫部の顔はいつもの顔に戻ったようだ。いつもの言動と行動からトンデモ少女とばかり思っていたが、こう話をしてみると意外にもまともな少女であることがわかった。昔の記憶を残しておきたいがためにもう一つの世界を信じているなんて、ちょっとロマンチストみたいだな。
「もし、巫部が願っているならばきっとそれは叶うんじゃないか?」
「えっ?」
「何事も諦めなければ、いつかきっともう一つの世界に行けて妹さんとその女の子に会える日が来るんじゃないかってこと」
「へえ、あんたがそんな事言うなんて思っても見なかったわ。ちょっとキモイわよ」
「うおい、人が真剣に話をしてやってるのに!」
「えへへへ、キモイのは本当だけど、ありがと。そう言ってもらえるとうれしいよ。もう一度会いたいな、お花の名前がついた、あの子に」
 そう言って巫部は駅の方に歩き出した。俺も慌ててその後を追いつつ夜空を見上げると、一番星どころか結構な数の星が瞬いており、俺はこの空のどこかにあるであろうベガとアルタイルに「巫部の望む世界があったらいいな」なんてぼんやりと願う気の迷いも見せるのであった。
 自宅に到着し、制服を適当に脱ぎ捨てると俺はベッドに寝っ転がった。天井をぼんやり見つめると、先程起こった出来事について思い起こしていた。
 突然告白された巫部の過去。あいつがもう一つの世界を願っていたのは、楽しいからとか興味本位ではなく、妹の事と自分を庇った友達への後悔の念がそうさせているという事らしい。
 巫部を孤独から救った女の子。もう遭えないという思いからあいつは、もう一つの世界を望んでいるのか……。
「うっ」
 ここで突然の胸痛に襲われた。胸をアイスピックで突かれたかのような痛みだ。どうした俺。何が原因なんだ? 暫く耐えると胸の痛みは引き、いつもの天井が視界に入るが、何故か巫部の話を思い出すと胸が痛くなる。一体どうしたのだろうか。
 ええと、話しを戻すと、誰もいない公園で、なくなった妹と友達を待つ巫部。図書館が見える大きな公園でずっと待ってたって事か。
「…………ん?」
 何故俺は巫部の話に出てくる公園が図書館の横と言うのが分かったのだろうか。たしかあいつはそんな事言っていなかったような気がする。
 だが、待てよ、巫部の話では、その友達は女の子っぽかったしな。帰り際には、その子は花の名前がついてるって言ってたし。
「うーむ、わからん」
 考えても考えても答えは見つからない。なんとなく、喉のあたりまで最後のピースが出掛かって、パズルが全て完成しそうなのに、モヤモヤが募るだけだ。なんとなく、納得できないものがあるが、目と閉じれば全てが解決しそうな気がする。俺は横になったまま目を閉じると、同時に意識が薄らいでいき、視界が完全に暗転した。