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 階段を上るように、一段ずつ意識が浮上してくる。
 
 真っ暗な世界から薄白の世界に浮上していくような感覚で、もうじき覚醒するという瞬間、何かの衝撃が俺の顔を直撃した。
「痛えっ!」
 何が起こったか把握できずにゆっくりと目を開けると、そこには闇の世界が広がっていた。どうやら俺は寝ている状態だったらしいのだが、なぜ目を開けても闇なのだ? と、ぼんやりしているところでなにやら顔に固い感触を確認。何かが顔の上に載っているらしい。首だけを捻るとその物体がずり落ちるが、そこには、「改定・英和辞典」という文字が目に飛び込んだ。
「うお、英和辞典に襲われた!」
半覚醒状態の俺は今ここで起こっている事が理解できない。しばらくは辞典を見つめぼんやりしていると、
「あっ、起きた?」
 頭上から降り注ぐ少し大人びた声。
 声の主を確認しようと視線を向けると、茶色基調のブレザーと若干短めのスカートに身を包んだ可憐な少女が俺を見下ろしていた。働かない頭でうすらぼんやりと思考を取り戻そうとするが、寝起きのため視点が若干ブレ気味だ。
「あ……れ? 麻衣か?」
「もう、ちゃんと起きないとダメだよ。新学期から遅刻しそうでどうするのよ。おじさんとおばさんから留守を預かってるんだから、しっかりしてよね」
 少し拗ねたような口調で口を尖らせるが、幼馴染が起こしに来るなんてのはギャルゲーやそれに準じる何か漫画的な展開だけで、男なら一度は憧れるシチュらしいのだが、腐れ縁の幼馴染なんて響きがいいだけで、現実なんてものは得てして面倒なものなんだぞ。
 寝起きにぼんやりそんな思いに耽っていると、
「やっと起きた。もお、先に下行ってるから早く来てよね」
 麻衣は部屋を出て階段を小刻みなステップ音と共に降りて行った。
「……」
 やっとのことで上半身を起こし、しばらく目の焦点が合っていないかのように宙を彷徨ってみるのだが、さっきのは夢だったのか? 小さい女の子が出てきていた話だったような気もするのだが、完全に覚醒して時間が経過してしまえば夢のディテールなんていちいち覚えている訳もなく、まあ、よくある事さと、起き上がろうとすると、
「こらー早く来なさいー」
 窓の外から麻衣の怒号が聞こえる。こりゃ早いとこ支度をしなければ鉄拳制裁が炸裂しそうだ。おまけに遅刻するわけにはいかないし、そろそろ駅へ向かうとするかねえ。