巫部凛のパラドックス(旧作)

 その日は夜まで天笠さんとメールタイム。そこでわかったことは、隣町から通っていること、入学式の日に俺を初めて見たなど、本当にたわいもない会話だった。時間を忘れメールをするっていうのが、こんなにも楽しいものだったとはな。
 夜も大分更け、日付が変わろうかという時間なので、もう寝ると返信すると、
「もう、大分遅いですね。すみません。でも、もっとお喋りしたいです。学校の屋上とかならゆっくりお喋りできると思いませんか?」
「そうだね。特別教室棟の屋上なら静かで結構いい雰囲気だったよ」
 それだけ打つと、俺は携帯を枕元に置き、深い闇へ誘われるように思考を停止させた。その後、携帯が鳴らなかったってことは天笠さんからの返信は無かったってことだな。


 思考が段々と浮上し、視界が白くぼやけてきたころ、突然携帯が鳴り出した。アラームかと思ったが、軽快なJ‐POPはメールの着信音らしい。半分寝ぼけた状態で携帯を見ると、
「おはようございます。太陽さんが元気いっぱいでとってもいい朝ですね。学校でお会いしましょう」
 天笠さんからのメールに昨日から何度目かわからないニヤケ顔になってしまった。
 そんな朝から脳内お花畑全開ってなもんだ。休み時間も天笠さんからのメールは止むことを知らず、「俺ってリア充だ!」と大空に向かって叫びたいくらいだぜ。メールの内容はまあ、ありふれたものだけどな。
 
 昼休み。早々に弁当を食い、天笠さんからのメール三昧だぜ。と意気込むが、教室では他の奴の目もあるし、あんな話(妄想)やこんな話(妄想)はできないよな。ここは体育館裏にでもしけこむとするかねえ。
しかし、このミッションは巫部はもちろんのこと、麻衣にすら見つかってはいけない。空気のようにゆらりと教室から消えないとな。
 タイミングを見計らい、ダッシュ! どうやら誰にも見つからなかったらしい。上々機嫌の俺は思惑どおりに体育館裏にやってきたのだが、そこには予想だにしない人物が待ち構えていた。
「やっと来たわね。待ちくたびれたじゃない」
 少しむくれ顔になったのは、見間違うことのない、つい先日俺を殺しにかかったあの少女。(確か「ゆきね」と呼ばれていた気がするが)。さっきまでの浮かれ気分が一瞬で氷ついた。
「あっ、あのう、何で君がここにいるんだ?」
「何でって、あんたを待ってたんじゃない」
「俺を?」
「そうよ。もう、三十分も待ってんだから」
 待ち伏せか! まさか、この前の続きをしようってんじゃないだろうな! ゆきねは、俺に向き直ると、薄ら笑いを浮かべながらゆっくりと向かってくるじゃないか。いや、この構図は恐怖しか浮かばないぞ。そんな俺の妄想をよそに、涼しい顔の少女は、
「あんた、狙われているわよ」
「はい?」
 とんでもないことを言い放ちやがった! 狙われてるって俺がか? 何に?
「だからあいつらにマークされてるってこと」
「あいつらって? 誰だよ」
「呼称はわからない。でも、私と敵対している組織よ」
「……」
 いやいや意味がわからない。なんで、この少女と敵対している組織とやらに俺が狙われなくちゃならないんだ。第一「狙う」ってどういう意味だ。
「文字通り、あんたは奴らに狙われているわ。そう、命を。だから気をつけなさい。学校でも決して一人にならない事。できれば家でも誰かのそばがいいわね」
 いきなりの命の危機に思考が回らない。こいつは何を言ってるんだろうか。
「いやいやいや、命を狙われるとか冗談も大概にしてくれよ。この平和な世界でそんな物騒なことになるわけないだろ」
「あんたの周りではね。でもこの世界のどこかでは今も戦争が起こっている。平和ボケしているあんたにはわからないと思うけど、この場だけが世界の全てじゃないのよ。
 まあ、確かに、過激派やら政府軍なんてキーワードはニュースで良く見るのだが、ここは平和な日本だぞ。そんなのはどこか遠い国の話じゃないのか。
「まったく、これだから人間はダメなのよ。今置かれている状況が全てだと思い込んでる。勘違いも甚だしいわ。命の危機なんて身近にあって、誰でもすぐに死ぬ可能性だってあるのに」
「お前も人間じゃないのかよ、まったく。で、何で俺がその組織とやらに狙われなくちゃならないんだよ。ってか、そいつらは何なんだ?」
「そんないっぺんに質問しないでよね。いい? まず、あんたが奴らに狙われた理由。それは私と接触したからだと思われるわ。仲間だと思われたんじゃないかしら」
「たまたま屋上で出会っただけで仲間だと思うなんて脊髄反射的な考えじゃねえか。どうしてそうなるんだよ」
「今まで私は一人で戦ってきた。だから、接触する人間がいれば仲間だと思われるわよねえ」
「戦いとか仲間って一体どういうことなんだ。お前らは一体なんなんだ」
「それは……」
 そう言ってゆきねと名乗る少女は黙り込んでしまった。しばし訪れる沈黙。しかし、その静寂を破ったのは、意外な方向だった。
「ねえ、ゆきね。彼には話をしてもいいんじゃない?」
 目の前の少女とは違う声。だが、ここには、俺とこの子しかいないはずだが。
「だけど、さくら、こいつは一般人なのよ。こんなのに話してもいいわけ?」
「いいんじゃないかしら。ゆきねの不注意とは言え、あなた達は出会ってしまったのだから。一般の人間はあなたと出会うことさえできないはずなのに、彼は違った。これは何か運命なのかもね」
「うっ、運命なんて言いすぎよ!」
「まあまあ照れないの。だけど組織の件もあるから、彼には一応私たちの事を説明しておいた方がいいと思うわよ」
「はあ、こんな木偶の坊がなんの役に立つって言うのよ。こんなのはさっさとあいつらに殺られればいいんだわ。そもそも照れてなんていなんいんだからね!」 
 その本人が目の前にいるってのに、ひどい言われようだ。
「はいはい、でも、砂漠から一粒の砂を探し出すくらいの確率で役にたつかもしれないじゃない。それに、こっちの世界の協力者バディもいた方がいい気もするのよね」
「もう、好きにすればいいじゃない」
 プイっという擬音が聞こえそうなくらい、むくれるとゆきねはそっぽを向いてしまった。