茜色に染まる羊雲。



 家路を急ぐ鳥の群れ。


 そんないつもと変わらない空を見上げながら少女は一人公園を歩いていた。


 といっても彼女は一人になりたかった訳ではない。 


 とってもとっても悲しい出来事があったから、ただただ誰かに傍に居て欲しかっただけだった。


 だが、まだ帰宅時間には少し早いのか、遠くには同じ学年位の子たちがワイワイと騒ぎながら楽しそうに走りまわっている。


 でも、引っ込み思案な性格のせいで、昔から周囲の子たちに話しかけられず、その輪に入れないでいた。


 だからいつも一人ぼっち。彼女の周りには親友と呼べる存在はなく、砂場が唯一の友達だった。


 砂は嘘をつかない。ちゃんと彼女の思い通りの形になってくれるし、負荷が大きければ何の文句もなく崩れ落ちる。唯一の自分を表現できる場所。でも……。


 彼女の悲痛な叫び。



「私もみんなとああやって遊びたかった」



 どうしてこうなっちゃったんだろう。と、頬を伝う熱いものを拭いながら、日課のように砂場で一人お城を作っていた。


 どのくらい時間がたっただろうか、ふと、人の気配を感じ見上げると、そこには、見たこともない同学年くらいの子が彼女を見下ろしていた。

 彼女は思う。

 「ああ、この子も私をイジメに来たのかな? ぶたれるのはイヤだな、痛いし。でも、無視とかされるのはもっと心が痛いんだよ」

 その子は、何も言わずただ彼女を見つめているだけだったけれど、

「あっ、あの」

不意に口が動き少し照れたような言い草で、

「一人じゃつまんないでしょ? 一緒に遊ぼうよ」

彼女は一瞬耳を疑った。言葉の意味を直ぐには理解できなかった。それくらい、予想外の言葉がその子から発せられたのだ。

「えっ?」思わず聞き返す。

「だから、一人で遊んでいてもつまらないでしょ、さっ、行こうよ」

そう言うとその子は手を差し、彼女はというと、少し迷ったけれど、恐る恐る差し出されたその手をとったのだった。

それからは彼女にとって夢のような時間だった。追いかけっこをしたり、おままごとをしたり、その少女が待ち望んでいた日常がそこにはあった。晴れの日は汗を拭いながらかくれんぼ、雨の日は長靴と傘を差しまがら蝸牛の観察。毎日、毎日、時間がたつのも忘れて公園で遊んでいた。すごく楽しかった。だけど、少女の心の中には引っかかるものがある。

それは、

「この子もそのうち私をいじめるかもしれない」そう思うと本気の笑顔は作れないでいた。

 あの子と出会ってから一ヶ月が過ぎようとしていた頃、彼女たちは当然のように公園前で待ち合わせ、二人図書館脇の道を歩いていた。ふと、視線を壁際に向けると、小さなダンボールが小刻みに震えており、なんだろう? と、小走りで近寄ってみると、蓋に「どなたか、この子を貰ってください」と綺麗な字で書かれていた。「何が入っているのかな?」気になった彼女はその中を覗いてみると、その中には一匹の子猫がその存在を賢明に訴えるかのようにニャーニャーと鳴いていた。

「君も一人ぼっちなのか。でも、私みたいにきっとお友達ができるよ」と、何の気なしに抱きかかえると、

「へえー、可愛い子猫だね」

 横からあの子の声。頭をなでようとすると、突然子猫が手の中で暴れ、それに驚いた彼女は思わず手を離してしまったのだった。

「あっ」

 そう言っている間に子猫はスピードを緩めることなく公園内を走り出してしまい、咄嗟に追いかけてしまう少女。

「そんなにあわてるとあぶないよ」

 後ろからあの子が何か言っているけど、あまり聞きとれない。

 必死で逃げる猫、夢中で追いかける彼女。

 どのくらい走っただろうか。子猫が公園脇の道路に飛び出し彼女も追いかけて道路に飛び出してしまった。いつもなら右、左とちゃんと確認するのに、その日に限っては子猫に気をとられ、忘れてしまっていた。



「パアアアアアン」



 象の泣き声のような耳を劈く轟音に振り向く彼女が最後に見たものは、迫りくる悪魔のような黒い影と身動きがとれず、まるで脚が凍りついたかのようにその場に立ちつくし、ただただその陰が大きくなるのを見つめることしかできない自分の身体だった。