「ざけんな。行くぞ。」

私をドアの外へ引きずり出すと、勝手知ったる我がもの顔で家の鍵を掛け、その鍵を私に放り投げた。
うぅ…寒い。晴れているとはいえ、やっぱり2月。朝の空気は清々しいまでに鋭角だ。かじかむ手で鍵を受けとるとコートのポケットにそれを入れた。
いつもに増して不機嫌さを隠さない拓真はきっと、詩月もいないのに迎えに来させられたことが面白くないんだと思う。

拓真はたぶん、詩月のことが好き。

幼稚園で知り合って以来、ずっと拓真は詩月の隣にいるし。
なにより。
顔だけはそっくりの私たちを、一度も呼び間違えたことがないのだ、拓真は。時々、父ですら間違っていたのに。
私を引きずり出したくせに、私を置いてどんどん先へ歩いて行く拓真の背中をイヤイヤ追いかけながら、私は昔のことを思い出していた。

過去一度だけ、拓真に聞いたことを。
それは私が髪を切る前、私が拓真のことを「たっくん」と呼んでいた時だから、小学校へ上がったばかりの頃だったと思う。

「ねぇ・・・たっくんは、私としづき、どうして間違えないの?」

毎日一緒に遊ぶクラスメイトたちも、まずは「どっち?」と聞くのがお約束で、幼い私は挨拶のようなそんなことを聞き流すこともできずに煩わしいと思っていて、学校からの帰り道、私の前を詩月と一緒に歩く拓真の背中に聞いたのだ。
拓真は不意に立ち止まって私を振り返ると、詩月と私のことを見比べた。

「全然違う。」

拓真はそう言って、再び歩き出した。
残された私と詩月は単純に嬉しくて微笑み合ったのを覚えている。
結局私が、遊び回るのに邪魔だと長かった髪を切り、スカートを履かなくなったことで煩わしいやり取りと決別できたわけだけど。
顎のラインで切り揃えられた髪を見たときの拓真---何も言えずに口を開けたまま固まっていた---は、笑えたなぁ…

なんて、思い出し笑いをしたところで、突然立ち止まった拓真の背中に激突した。

「っうぅ…」