「山中さん・・おはよう。」
彼が振り返り、優しく微笑みながら言った。
そんな事態でも、二人きりの時は話しかけてくれる。
きっとそれが彼なりの優しさなのだろう。
「おは・・よう・・。」
彼と話すたびに酷くなる胸の痛み。
俗にいう「恋の痛み」ではないだろう。
きっと「恋をすれば死ぬ」という宿命を忘れないようにする見えぬ者からの忠告だ。
「清水君、あの・・。」
私は虐められてもいいんだよ。そう言いかけたところで教室に入ってきたのはクラスの中心的男子の八方崎新太だ。
彼の顔が曇った。
「おい清水ぅなにしてんだよ?俺昨日金持って来いっていったよな。」
清水は固く口を閉ざし、答えなかった。
その顔は怒っているようにも、悲しんでいるようにも、新太を馬鹿にしているようにもみえ、
少なくとも新太よりはずっと誇り高く見えた。
「・・んだよ・・。」
新太は何も答えない清水が面白くないのか、清水に掴み掛ろうとした。
思わず雪が止めに入る。
「・・・っ・・・・やめてよっ!!」
いつもはおとなしい雪が大声を出したので新太がひるんだ。
その隙に彼と引き離す。
吐き気が一段とひどくなった。
「山中?お前なにイキってんの?次はお前だからな?」
新太はとって付けたような笑みを浮かべながらそう言うと、鞄を置いたまま教室を出て行った。
教室には、清水と雪だけが取り残されていた。

「山中さん・・ごめん。」
彼は哀しそうな眼をして言った。
雪はなんだか物凄く悪いことをした気がして、彼の顔を見ることが出来なかった。
「ううん・・自業自得だよ。」
俯いたままそう答えるのがやっとだった。
虐められるのは平気だった。でも、彼の悲しそうな顔は見たくなかった。
そう思った時、胸に痛みが走った。
吐き気がひどくなる。
雪は無言のまま教室を出て行った。



「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。」
雪は便器に顔を埋めながら訳のわからないことを絶えず呟いていた。
胃酸でひりひりする喉でやっと息をしていた。
恋心もろとも吐き出したそれは、悍ましい程真っ黒だった。
これは呪いだ・・呪いなんだ。
雪は確信した。
望まれざる者にのみ科せられた足枷だ。
しかし皮肉な程雪の恋心は膨らんでいた。
雪は覚悟していた。
安らかではなく、美しくもない、残酷な、死を_______________