「"強い"ねー」


背後から聞こえたその言葉に、僕はふと立ち止まった。

狭いリハビリテーションの室内。

僕の前方には、マットや起立台はあるが、人はいない。

…僕に向かって言ったのか?

そう思ったが、すぐにいつもの"どうでもいいや"感が出て来て、歩行訓練を再開した。

歩き出した僕を呼び止める声もなかったので、違うだろうとの思いが強くなる。

どっちにしても狭いリハビリの室内だから、一周回って確かめればいい。

僕がさっきの場所に戻っていくと、案の定、さっきの声は僕に向けられたものではなかった。

僕と同じく機能訓練のリハビリを受けているおばさんとそこの入所者が、オセロをしていた。入所者は声が出ないのか、黙ったままオセロをしている。それで僕は反応したのか…と納得する。
入所者がおばさんを圧倒していて、盤はほぼ入所者側の色に染まっていた。

さっきの声はその負けているおばさんのものだったのだろう。


…しかし、なぜ僕は反応したのだろうか。

おそらく"強い"という単語が聞こえたからだ。

その単語は、僕に過去の記憶を思い返させる。