緊張紛れに部屋のチェックをして現実から逃避行していた拓人は、由衣の声に引き戻された。

対面キッチンから、クッキーの型を見せながら由衣が尋ねてきていた。


「…あ、あぁ。十分だよ。ありがとう」


どういたしまして、と笑顔でそれをラップに包んでいる由衣。

今日の日付は2/14。
実はバレンタインのチョコを受け取りに来たのが、今日の一番の目的だった。

チョコあげたいけど、どうせなら手作りの方がいいよね、どうせ食べるんならあたしの家においでよ、と、そんな感じで拓人の訪問が決まった。

料理についてはよく分からないが、キッチンからは良い香りが漂い、クッキーの香ばしさが空腹感を煽る。

手作りというものはもちろん味の不安は付くが、なにより最初から相手を想って作っている、という大きな利点が備わる。

拓人は由衣の用意してくれる、甘い(だろう)密を吸いに来た蝶だ。

由衣の料理の腕は全く分からないが、自宅で直接用意する、という由衣に多大な期待を抱いていた。