「…うん、もう食べた。中は?」


拓人の質問をかき消すのように、拓人らの右隣にある噴水の放水が始まる。


「いんや、まだ食ってねぇ。てゆーか今日は食うつもりねぇかな」


拓人の前まで来た中。
今気付いたが、中はスーツ姿だ。


「これから説明会いくの?」
「いや、今行ってきたんだよ。嫌んなるよなぁ、休む暇なく説明会ある感じだ」


中がそうこぼしたように、就活生には息の休まる暇無く説明会、説明会の日々だ。

中が愚痴りたくなる気持ちもわかる。


「…そこで、だ」


ニヒる中。

嫌な予感がした拓人は、即座に発した。


「無理。言ったろ?僕彼女出来たんだって」
「バカだなぁお前、今しか無いんだぞ?こんな遊べるのは」


由衣という『スウィートハニー』ができた拓人は、調子よく中の誘いを全て断ってきていた。

どっちにしても、就活で忙しなくなったこの時期は、中の本領は発揮されず、眠ったままだった。

だが、久々に羽をのばそうと、冬眠から目覚めた熊のような発言をしようとした中の機先を制して、拓人は言ったのだった。


「言ったろ?合コンにいかねばならぬ、いけばわかるさ、ルルルラララ…って」
「初めて聞いたわ!…とにかく!」


拓人は場を収めるかのように両手を叩き鳴らした。


「彼女がいる奴を合コンには誘わないでくれ。そもそも中は彼女がいてもいなくても合コン行ってるけど、そういう──」
「──あぁもしもし?さっき終わったトコ!…うん、うん。…あぁすぐ行くよ!」


中はケータイの通話口を押さえてから拓人の方を向いた。


「ちょっと用事あるし帰るわ!じゃーなチュー!」


そう残し、中は拓人の視界から消えていった。


「…ままよ」


拓人の呟きは、2月の寒空と同調したかのように一瞬空気に馴染んで、儚く消えた。