こういう光景はよく見る。

職員が自分の子を連れて、ここへ来る事がある。
大抵は高齢者の声がするセンター内で、たまに子供の声が響く事があるのは、職員の子供なのだ。

さして珍しい事じゃないと、その場を去ろうとした僕の足を止めたのは、次の声だった。


「──ゆいっ!もーっ勝手にどこでもいかないでっ!」


外から母親らしき人が現れて、その子を嗜めた。はぁ~い、と女児が答える。

僕の動きが止まっていた。


──ゆ…い──



──…由…衣…──



頭の中に急激に押し寄せてくる波。

日々のリハビリによって、薄くなった過去の記憶。忘れ去られそうになった思い出の数々。

波が一瞬、それらを運んできたが、本当に一瞬だけだった。正に寄せては返す波のようだった。

だが、それが微かに波打ち際に残った。蘇った。

僕にとっての"光"が。
小さく、だが確実に点灯した。

あの時の僕がどんな日常を過ごしていたか。
"由衣"が再び、教えてくれた。

僕はあそこに"いた"。


「──…ゆ い゛」


無意識にぽつりとこぼしたその単語は、僕を懐かしい世界へいざなってくれた気がした。

僕の濁音気味の囁き声が聞こえたのか、名前を呼ばれて反応したのかわからないが、その女児が振り返っていた。