「ど、どうしたの?」
驚きを感じさせる由衣の声と表情。
「…あ、あのさ…僕…」
自分が自分であって、自分じゃないような感覚。緊張と共に現れたそんな感覚は、拓人に中々二の句を告げさせない。
「…う、うん…」
由衣は、拓人の空気をなんとなく感じ取ったのか、少々顔を赤らめた。…が、何かを追求してくる事はなかった。
その様子を見て、決心する。
よし、言おう!
「あのさ!ぼ──」
「──ごめんごめんもうお客さん帰っちゃったよね~」
細い棒は、やっぱり細いまま、音もなく倒れた。
桑田さんが奥の方からドタドタと戻ってきて、張り積めた空気が弛緩する。
「ちょっと得意先との電話が長引いちゃってさ~…なんか話してた?」
桑田さんの純粋無垢な目。
「…い、いや!なにも…なんにもないです!…ははは」
拓人の力のない笑い声は、その場の空気に入り込めず、なんとも無様に消えていった。

