悲観は過去形になった。

今の僕の感情は"過去形"となったものの上にある感じがする。

何をするにしても"病気になったから無理だ"と悲観する事の多かった自分。悲観していたのもあるが、物事からすぐ逃げ出す癖が付いていたのだとも思う。

それが"病気になったからこそ、できる事がある"、そういう心構えを持つようになった。

すぐに話し出せない言語障害は、確かに不便な事が多い。今まで黙りする事も多かった。

だが、人に伝えづらいのは、ある意味では好都合なのではないか、という考え方に変わった。

自分の言語が不自由である事は、相手もすぐに分かる。そこで相手はその不自由な言葉遣いで"待つ"事を最初に覚えてくれる。

僕は長い事言語に苦労してきて、人間の優しさを垣間見た。

人は、聞きとろうとする努力をする事に惜しみ無い。

勝手な思い込みかも知れないが、不自由で遅い言葉なりに、相手はその分真剣に聞いてくれる人が多いのだ。

だから、伝える自分側として、ゆっくり自分の話そうとする言語の内容を吟味し、それからまたゆっくり吐き出す猶予を生んでくれた。