自分で自分の評価を付けるとしたら、僕は最下層に位置付けされていた。

病気になっていなかったら、オラついた僕は気分は上流階級で、特に何もしてないのに鼻高々な生活を送っていたろうな、と想像する。

病気になってしまった僕は、下の下で踞る最下層の「えた・ひにん」。

…と、卑下して生きるのが癖になっていた。ifの世界の自分の評価だけを上げる事にも。

頭の中では社会のヒエラルキーが形成されていたが、よく注視するのは下の方だけ。他の人がどこの階層に位置するか、なんて事は全く考えなかった。

他人の気持ちを分かる大人ってのは、病気になった、ならないは関係ない。どれだけ人を見てるか、その比重だと考えるのは、最近の僕の個人的な意見だ。

ただ、僕から見る他人は、皆上流階級の人間だった。

どんな人にも歴史がある。今が落ちぶれている人でも、昔は輝いていた時期があったのかも知れない。

人は一言では言い表せない、自分ヒストリーがある。個人個人が持つ歴史、他人には到底踏み入れられない領域は、オリジナルな自尊心と共に、自我を確立している。


…考え方が変化してきている。

「自分はゴミだ」と自分を卑下してばかりで、"自分の事しか考えてない人生"から、"他人からどう思われるか"、それが気になる人生へ、と。