救ってくれる人はいなかった。

"心"を救ってくれる人は。

でも、それが当たり前だと思う自分もいた。

言語障害のある自分には、心の奥深くまで手を差し伸べてくれる人なんか、できようはずがない。

"それが当然だ"と、諦めの境地にいる自分が語る。


…もし、言語障害がなかったら、僕は色んな事ができてただろう。

お見舞いに来てくれた人を笑わせて楽しませてやったり、訓練校ではもっとたくさんの人との交流を持ててた。


…そんな調子の良い妄想を、毎日繰り返していた。

自殺を考えてた事もあった僕の妄想は、極めて軽薄だった。紙よりも薄いオブラート並みに。

意志は軽いが、毎日のように訪れる自殺願望を毎回止めたのは、死後の世界とかを考えるとやっぱり怖かったから、という臆病風がある。

それでも一番の理由はやっぱり、彼女の存在だろう。

簡単に止められる、と自分自身で理解していても、"ゆい"の存在はやはり大きかった。

どんな時も声が聞こえて、"所詮誰もこない"とヘソを曲げている僕の所まで、手を差し伸べてくれているのを、簡単にイメージできる。

"ゆい"がいたから、僕はいつでも心の逃げ場所があった。"誰も理解してくれないし"とひねくれた僕の感情に、そっと寄り添ってくれていたのがわかった。