花火の音を聞くと切なくなる。

あぁ、自分はもう間近で花火を見ることがないんだろうなぁ、という自己憐憫が現れるからだ。

入院中、車椅子にのって病院の談話ルームのような所から、遠くで光っている音のない花火を見た。

夜、家の窓の外で遠くに光る、また音のない花火を見た。

その度に思うのだ。

僕はもう、花火を見に来た多くの人混みの中を、歩けない。
花火と平行してある出店の屋台に並ぶ人の列に、つくことができない。

人が多い所、それも移動する事のない状況は、そういう所だと余計に緊張しやすい僕は極力人混みを避けていた。

同じく屋台に並んでる最中にもし震えがきたら、という恐怖感からそういう所も避けていた。

この恐怖感は大きい。
『震えてしまうかも』と考えただけで震えがやってくる。

病気になってから、この"震えがあるから"という理由で、自ら断念した事が山のようにあるのだ。



…いや、わかってる。