記憶の齟齬。

大学卒業、就職、即病気になった自分の、元気だった頃の記憶が曖昧になっていた。

過去を美化する傾向のある人間だが、僕にとってその傾向はさらに肥大化し、曖昧なものはほぼ「美しいもの」のみに絞られた。

美しいもののみに彩られた過去の記憶が、僕を支えていた。
その曖昧さはいつしか僕の記憶を上書きしていた。

嘘と真実の境界線を見えなくしていた。
だが、それでも僕は構わないと思っていた。

右手右足、震えの障害。現実ではまともに人と会話できない言語。

こんな世界なら、いつまでも過去にとらわれたままでいたい。
いつまでも、夢の中にいたい──


──楽しかった、あの頃。


美化され続ける記憶の中には、もちろん。あの子の姿もあった。

一緒に初詣にいった事。一緒に花見にいった事。一緒に花火を見た事。一緒にクリスマスを祝った事。

うっすらとしていて、フィルター越しの濁った記憶だが、そこにはあった。