「おい、待てよぉ。」

後ろで声がした次の瞬間だった。

    ザッ…………

さっきのヴァンパイアはいつの間にか私の目の前にいた。

「な…………んで……?」

これが人間とヴァンパイアの身体能力の違いなのだろうか。

「はぁ……はぁ…………!」

私の体力は、とっくに限界を越えている。

 「待てって言ってんじゃーん?」

それでもその人は、息一つ切らしていない。
ニタリと、私を見下すような目で笑っている。

その口元から、チラチラと牙が見える。
それが、より一層私を恐怖に陥れた。

肩をつかまれる。
その人の鋭い爪が肩に食い込む。

痛い。

動いたら肩が抉れそう。

「やめてっ!」

私の声は虚しく暗闇に消えた。

顔が近づいてくる。
大きく開いた口には光る牙。
私はそれを必死に押しのけた。

ぐっと涙をこらえる。

お願い、近づかないで…………!

    バサッ!

「…………っ!」

私は地面に押し倒された。

背中が地面についているからこれ以上引きさがれない。
制服の襟を引っ張られたことで、私の首筋が露になる。

唾液をすする音が聞こえた。

やだ…………っ!

こらえていた涙が溢れそうになったその時だった。

    ガッ!

その人の顔が大きな手に包まれた。

……え?

見上げると、そこにいたのはレイさんだった。

 「……大丈夫?」

「…………うん。」

そして私は急ぎ起こされる。
私についた土を払うとレイさんはその人の方に向き直った。

すごい目でその人を睨むと急ぎ足でその人に近寄った。
その人の首に手を伸ばしたかと思うと、次の瞬間には片手で彼を持ち上げていた。

……怒ってる。

恐怖から、相手は動けずにいる。

こんなレイさん見たことない。

なんか……レイさんじゃないみたい。

まるで黒い渦に巻き込まれたかのような……
誰も寄せ付けないような…………

「やめて!」

私は叫んだ。
まるで悲鳴のように。

「もう……いいから。」

そして、震える声でそう呟いた。
その人を助けたいわけじゃない。

ただ私は、こんなレイさんを見たくないんだ。

こんな……今にも壊れてしまいそうなレイさんを…………!

だから…………

    ギュッ……!

私は背中から、レイさんに抱きついた。

   !

レイさんの目に光が戻る。
すると、レイさんの手が緩んだ。

私を襲ったヴァンパイアは、ガタガタと震えながら逃げていった。


  レイさん…………

レイさんは、儚く淡い月を眺めていた。