「それで、なんだっけ。……ああ、ご飯?うちで食べていくの?」
蒼井さんが今度は私の顔を見つめてくる。変な汗をかきそうだ。
慌てて、顔の前で手をブンブンと左右に振った。
「いえ、そんな迷惑はかけられないので!じゃあ、私これで……」
「なんで?食べていけばいいのに」
「え、」
自分の家のドアノブに手をかけようとして、思わず振り返った。
一歩、二歩、近付いてきた蒼井さんは、視線はまっすぐなまま、頭を少し傾けた。
「俺、星野さんが一緒にご飯食べてくれたら、嬉しいかもしれない」
「は………」
好きな人の前だというのに、おそらく私はとてもまぬけな顔をしてしまったことだろう。
何かをいいかけた口が開いたまま、言葉は出てこなかった。
「はい、涼さんもこう言ってるし、決まりね!入ろ入ろ!」
しかし千秋くんの大きな声で我に返る。嬉しそうに隣の家に入っていった後ろ姿を見送り、再び蒼井さんへと目を向けた。
私と目が合った蒼井さんは、ふっと小さく笑った。
「……おいでよ。あいつの飯、うまいから」
千秋くんに続いてドアの中へ入っていった背中を見ながら、思わず両手で頬を挟んで立ち尽くした。
今、絶対顔赤い。史上最強に赤い。
あのしぐさと言葉は反則すぎる。
心臓が大きくなったのかと思うぐらい、全身でドキドキしてる。
「こ、これも社交辞令、だよね?」
自分に言い聞かせるように呟いて、ついに私は初めて、310号室のドアを開けた。


