こんな体の自分が、俺に想いを伝えたところで困るだけだろう。
 それに当然ながら、健康な体の君と付き合う方が、比較にならないほど幸せになれる。それは好意を抱く俺にとっても、親友である君にとっても最良な成り行きになるはずだ。

 胸が張り裂けるほどの遣る瀬無い感情を抱きつつも、彼女はそう思って身を引いていたんだ。
 それなのに俺が大会で好成績を残してしまった為に、それを君が上機嫌に彼女に物語ってしまった為に、彼女はひどく傷付いてしまったんだよね。

「自分で言うのもなんだけどさ、あたしって救われないんだよね……」

 切なさを滲ませながら彼女は話し出す。
 静かな口調ではあったものの、彼女は自制していた気持ちに歯止めが掛けられず、思いの丈を俺に吐き出したんだ。

 彼女の痛烈な感傷が俺の胸に伝わってくる。
 決して親友である君をひがみたくない。嫉みたくもない。
 彼女の優しさが自身の気持ちに必死で対抗している。
 でも、それでも彼女には耐えられなかったんだ。俺という気持ちの引き金が、彼女の中で完全に引き絞られてしまったのだから。

「いつだってそう。あの子は私の欲しい物ばかりを奪っていく。服にカバン、化粧品だってそう。いつも私が良いなって思うものを先に手に入れて、そしてそれを自慢げに見せびらかすのよ。私だけにね」

 震える口調で話す彼女の言葉に、俺はただ耳を傾ける事しか出来ない。

「大人しそうに見えるから意外に思うかもしれないけど、でも本当の事なの。あの子は昔から私に引け目を感じていたから。体は健康でも、陸上選手としては歯が立たない。そんな私の事を、あの子は内心でうとんでいたのよ。だから陸上以外のところで私の気持ちを踏みにじる、嫌がらせみたいな事ばかりをしていたのよ。でも私が一番嫌だったのは、あの子がそれを意図的に行っていたのか、それが判断出来なかった事なんだよね――」

 いつしか彼女の瞳からは、大粒の涙が流れ落ちていた。

「あの子は鼻が利いたんだと思う。それも自分の感情とは切離れたところでね。だからあんなにも私に対して無垢に微笑んでいられたんだよ。自分が嫌がらせみたいな行為をしているなんて、これっぽっちも気付いていなかったんだからさ。だから私も諦めたのよ。一々あの子のする事に腹を立てたって仕方ないって。自分自身にそう必死で言い聞かせたんだ。だってそうすれば傷つかずに、苦しまずに済むんだから……」

 陽の陰った病室はいつしか暗闇に覆われている。まるで彼女の胸の内に引き込まれたかの様な錯覚を感じさせるほどだ。
 それほどまでに彼女が心に仕舞い込んでいた痛みは、重く深いものだったんだろう。