ほんの少しの善意だったんだよ。そこに深い考えなんかあるはずもない。
 だってその時の俺は、まだ何も知らなかったんだからさ。

 彼女の所に行く事を君に告げぬまま、俺はその日の内に病院へと足を向ける。
 もう遅い時間だった為に、面会時間が過ぎ去ってないか心配だった。けどギリギリそれには間に合う事が出来た。
 やっぱり人の役に立つ事をしようとする時は、神様は見ていてくれるモンなんだね。そう一人感心しながら足早に病室へと俺は向かったんだ。

 病院内は閑散としている。面会時間の終わる間際だという事もあり、また平日だったのもその要因なんだろう。
 彼女の病室に向かう途中、ナースステーションに数人の看護師の姿を見かけたくらいで、それ以外には誰ともすれ違わなかった。

 そんな人気の無い時間帯だったせいもあり、彼女は俺が見舞いに訪れた事に驚きを見せた。
 それも君を連れずに、俺一人で病室に来たから余計にビックリしたんだろうね。

 正直、俺の方も緊張はしたんだよ。
 だって彼女とは君と見舞いに訪れたあの一度きりしか会ってないんだし、これと言って話題も見つけられそうになかったからね。
 だから長居なんてするつもりもなく、荷物を置いてさっさと帰るつもりだったんだ。

 でも俺はすっかり忘れていたんだよね。彼女が思いのほか饒舌だったって事をさ。
 それに彼女の顔つきは、以前病室を訪れた時に比べてだいぶしっかりものになっていた。

 恐らく病状はかなり回復しているんだろう。その証拠に彼女は嬉しそうに言ったんだ。

「新学期からは、また大学に通えそうなんだ」ってね。

 その表情につられて俺もなんだか嬉しくなった。
 彼女の明るい話し口調からして、決してそれが強がりでないのが分かる。本当に体調が良い方向に持ち直しているんだろう。

 けどこの一年、彼女は他人では知り得ないほどの苦しみを味わったはずなんだ。

 生死の境をさまよい、意識を取り戻してからも苦痛は彼女を蝕み続けた。
 その病は時に彼女の心をボロボロに砕いていたのかも知れない。もう死んだ方がマシだと、弱音を吐いた事ともあっただろう。
 それでも彼女は持ち前の強い精神力でそれを克服し、日常生活が出来るほどにまで回復する事が出来たんだ。だからそんな彼女の微笑みに、俺は素直な嬉しさを覚えずにはいられなかったんだよね。