明日へ馳せる思い出のカケラ

 俺達はお互いの体を支え合いながらストレッチ運動をこなし始める。
 昼時であるにも関わらず、顔は凍てつくほどに冷たい。ケガをしたら身も蓋もないから、ウォーミングアップは入念にするとしよう。
 丁寧な動作でしっかりと全身の筋肉に熱を伝わらせてゆく。ただそこで俺は君の表情を見て目を細めたんだ。

 君がとても楽しそうに微笑んでいたからね。その笑顔が一際輝いていて見えたんだ。
 久しぶりのジョギングデートが嬉しいんだろう。俺はただそう感じていた。
 走る楽しさを覚えた君にとって、ここはそのキッカケにもなった場所なんだから。

 でも君の笑顔が透き通るほどに輝いて見えた理由は、それだけじゃなかったんだよね。
 君は久しぶりに共有する俺との時間を、この上なく幸せだと感じていたんだ。
 だから俺に向けるその優しい笑顔はまぶしかったんだよ。

 けど寂しい事に、その時の俺は君の気持ちをそこまで察してあげられなかった。
 君との時間を大切にしようと努めていたはずが、心の片隅ではこの瞬間にも仲間達から遊びの誘いが来るんじゃないかって考えていたんだよ。
 だから今一つ、ジョギングにも集中しきれていなかったんだ。

 それでも俺はタカをくくっていた。
 いかに君が持久走の素質を持っていようとも、俺は強豪校の選手のひしめく大会で入賞したほどの実力者なんだ。
 先を行く事はあったとしても、まさか君に遅れるなんて事は決して有り得ないんだってね。

 だが内堀を一周した時点で俺は愕然としてしまう。
 信じられない事に、君の走りに付いて行くだけで精一杯だったんだ。またそれにも増して驚いたのは、君にまだ余裕があったって事なんだよね。

 走るペースとしては、それほど速いわけではない。
 ただそれは大会に臨んだ俺の感覚が告げるものであって、恐らく一般のジョギングレベルにしたら、十分なほどのスピードが出ていたはずだろう。

「大丈夫? 顔色良くないけど、少し休む?」って、君は走りながら俺に言ったね。

「問題ないよ」

 それが強がりだというのは見え見えだった。
 どう誤魔化したって、隠しきれないほどに全身から疲れが吐き出されていたからね。
 もちろん君だって気付いていたはずだ。でもだからと言って、簡単に走るのを止めるわけにはいかない。
 俺には大会入賞者という意地とプライドがあるんだから。

 しかし体は正直なモンさ。どれだけ気持ちで抵抗したって、足は思うように動いてくれない。完全なる練習不足の賜物だ。